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東京地方裁判所 昭和48年(刑わ)3399号 判決

主文

一  被告人岡村匡尉を懲役二年六月に、同高田光雄を懲役二年に、同澁谷輝之を懲役一年六月に、同加藤克也を懲役一年二月に、同榎本辰男、同澤孝太郎を各懲役一年に、同西端勝美を懲役八月に、それぞれ処する。

二  この裁判確定の日から被告人高田光雄、同澁谷輝之、同加藤克也に対し各三年間、被告人榎本辰男、同澤孝太郎、同西端勝美に対し各二年間、右各刑の執行をそれぞれ猶予する。

三  被告人岡村匡尉から金一六九三万円を、同高田光雄から金九八七万五〇〇〇円を、それぞれ追徴する。

四  訴訟費用〈省略〉

理由

(被告人らの経歴等)

一被告人岡村匡尉(以下「被告人岡村」という。)は、昭和二三年三月明治大学専門部商科を卒業後、同年五月証券取引委員会に採用され、同二七年八月大蔵省理財局に移り、その後同三九年同省証券局企業財務課管理係長となり、同四一年八月同局証券監査官を経て、同四五年五月一日から同局証券監査官に就任し、同局企業財務課において、同課課長、課長補佐の指揮・監督のもとに有価証券届出書及び有価証券報告書の審査事務等の職務を担当していた。

二被告人高田光雄(以下「被告人高田」という。)は、昭和二八年三月日本大学経済学部を卒業後、同年四月東京証券取引所に入所し、総務部、財務部を経て、同三六年三月調査部証券課上場係長、同三八年一〇月同課上場審査係長、同三九年一〇月会員部審査課長、同四三年一月一九日証券部証券審査課長を歴任し、その後同四六年七月一九日事務機構の改革により右部課が上場部上場審査課と改められた際、上場部次長兼上場審査課長となり、同年一一月二二日からは同部次長として勤務していたものであるが、同四三年一月以降上司を補佐し、右証券審査課又は上場審査課所属の部下職員を指揮監督して右各課の所管に属する有価証券の上場審査に関する事務等を処理する職責を有していた。

三被告人澁谷輝之(以下「被告人渋谷」という。)は、昭和一六年一二月早稲田大学高等師範部を卒業後、同二五年一〇月殖産住宅相互株式会社(以下「殖産住宅」という。)に入社し、同二七年四月取締役を経て、同四五年八月一日常務取締役となり、同四六年九月一日から総務・財務等を担当し、殖産住宅が、同四七年一〇月二日に行なつた同社株式の東京証券取引所第二部への新規上場及びこれに伴う増資新株の公募公開に際しては、担当常務として、同社内の専門プロジェクトチームを統括し、関連事務等を処理していた。

四被告人加藤克也(以下「被告人加藤」という。)は、昭和二四年三月同志社大学法学部を卒業後、同二八年六月殖産住宅に入社し、同四〇年一月経理部経理課長、同四五年八月財務部次長心得を経て、同四六年九月一日から財務部長代理となり、前記三記載の殖産住宅の株式上場及び新株の公募公開にあたつて、具体的事務作業遂行のため同社内に設置された専門プロジェクトチームの財務担当責任者として、財務関係事務等に関与していた。

五被告人西端勝美(以下「被告人西端」という。)は、昭和二一年三月堺商業学校を卒業後、同二八年一月殖産住宅に入社し、同四三年四月経理部長、同四五年五月取締役兼経理部長等を経て、同四六年九月一日から取締役兼役員室長の地位にあり、被告人高田とは同四五年ころ、殖産住宅での自宅建築にあたつて折衝して以来、面識を有していた。

六被告人榎本辰男(以下「被告人榎本」という。)は、昭和二七年三月法政大学経済学部を卒業後、同二八年八月殖産住宅に入社し、同四一年一二月営業部長心得等を経て、同四四年八月一〇日総務部株式担当次長となり、前記四記載の専門プロジェクトチームの株式担当責任者として、殖産住宅の株式上場及び新株の公募公開事務に関与していた。

七被告人澤孝太郎(以下「被告人澤」という。)は、昭和四年三月神崎商業学校卒業後、同一九年一月住友通信工業株式会社に入社し、同二四年一二月日本電気硝子株式会社(以下「日本電気硝子」という。)に移り、経理課長等を経て、同三九年九月経理部長となり、同四一年一一月二八日以降取締役兼経理部長の職にあり、日本電気硝子が、同四八年四月二三日に行なつた同社株式の東京証券取引所及び大阪証券取引所各第二部への新規上場及びこれに伴う発行済株式の売出公開に際しては、担当役員として、その事務に関与していた。

(罪となるべき事実)

第一被告人岡村は、前示の如く、昭和四五年五月一日から大蔵省証券局証券監査官として同局企業財務課に勤務し、有価証券届出書及び有価証券報告書の審査等の職務を担当していたものであるが、

一被告人加藤らから、殖産住宅が新規発行株式九四〇万株の一般募集による増資を行うため、大蔵大臣に対し、昭和四七年八月八日提出した同社の有価証券届出書及び同年九月一一日提出した有価証券届出書について、適切かつ順調に審査を進めたことに対する謝礼の趣旨で、右の一般募集による殖産住宅株式九四〇万株は、同社株式を同年一〇月二日から東京証券取引所に上場する予定のもとに、一株一二五〇円で発行されるものであつて、優良株として上場後確実に値上りすることが見込まれ、そのため発行会社又は取扱証券会社と特別の関係にある者以外の一般人がたやすく入手できないものであるところから、上場後の上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得させるべく、前記株式一万株を割当されるものであることを知りながらこれを引受け、同年九月一八日ころ、東京都中央区銀座四丁目六番一号株式会社三和銀行銀座支店において、被告人加藤に対し、右割当を受けた前記株式一万株の代金として、現金一〇〇〇万円を交付するとともに不足分二五〇万円についての立替払の承諾を得ることにより、殖産住宅株式上場の際には前記株式一万株の株主となり、その上場始値と発行価格との差額相当の利益を享受する地位に立ち、よつて右差額相当の利益の供与を受け、その後同年一〇月二日、殖産住宅株式の東京証券取引所への上場に伴い、同日上場始値一株二五八〇円と前記発行価格との差額一万株分一三三〇万円相当の利益を取得し、

二被告人澤らから、日本電気硝子が同社の発行済み株式三五七万株を売り出すため、大蔵大臣に対し、昭和四八年三月一日提出した有価証券届出書及び同年四月三日提出した有価証券届出書訂正届出書について、適切かつ順調に審査を進めたことに対する謝礼の趣旨で、右の日本電気硝子の株式三五七万株は、同社株式を同年四月二三日から東京証券取引所及び大阪証券取引所に上場する予定のもとに、一株二七〇円で売り出されるものであつて、優良株として上場後確実に値上りすることが見込まれ、そのため売出会社又は取扱証券会社と特別な関係にある者以外の一般人がたやすく入手することができないものであるところから、上場後の上場始値と売出価格との差額相当の利益を取得させるべく、前記株式二万二〇〇〇株を割当されるものであることを知りながらこれを引受け、同年四月一八日ころ、東京都千代田区大手町二丁目六番四号大和証券株式会社本店において、同社本店に右割当を受けた前記株式二万二〇〇〇株の代金五九四万円を、日本電気硝子東京支社事務課長増田昌弘を通じて支払うことにより、日本電気硝子株式上場の際には前記株式二万二〇〇〇株の株主となり、その上場始値と売出価格との差額相当の利益を取得する地位に立ち、よつて右差額相当の利益の供与を受け、その後同月二三日、日本電気硝子株式の東京証券取引所及び大阪証券取引所への上場に伴い、同日上場始値一株四三五円と前記売出価格との差額二万二〇〇〇株分三六三万円相当の利益を取得し、

もつてそれぞれ前記自己の職務に関して賄賂を収受し、

第二被告人高田は、前示の如く、昭和四三年一月一九日から東京証券取引所証券部証券審査課(同四六年七月一九日付同取引所の事務機構改正に伴い上場審査課と改変)課長、同四六年七月一九日から同取引所上場部次長兼上場審査課長、同年一一月二二日から同部次長として、右証券審査課又は上場審査課所属職員を指揮監督して、右各課所管に係る、株式の新規上場申請についての申請会社及び引受幹事証券会社への事前指導、有価証券上場申請書の検討など株式の上場審査に関する事務処理等の職務に従事していたものであるが、

一被告人渋谷らから、殖産住宅が、昭和四七年六月一六日ころ、東京証券取引所に対し申請した同社株式の新規上場承認の審査について、同所上場部上場審査課員堀内千冬らを指揮監督しつつ適切かつ順調に審査を進めたことに対する謝礼の趣旨で、殖産住宅が同年一〇月二日からの右上場を予定して一株一二五〇円で一般募集により発行する株式九四〇万株は、優良株として上場後確実に値上りすることが見込まれ、そのため発行会社又は取扱証券会社と特別の関係にある者以外の一般人がたやすく入手できないものであるところから、上場後の上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得させる意図のもとに特に前記株式五〇〇〇株を割当されるものであることを知りながらこれを引受け、同年九月二〇日ころ、東京都中央区日本橋兜町二丁目三〇番地山種証券株式会社地下一階喫茶店「茶房やまと」において、被告人西端に対し、右割当を受けた前記株式五〇〇〇株の買付代金六二五万円を交付することにより、殖産住宅株式上場の際には前記株式五〇〇〇株の株主となり、その上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得する地位に立ち、よつて右差額相当の利益の供与を受け、その後同年一〇月二日、殖産住宅株式の東京証券取引所への上場に伴い、同日上場始値一株二五八〇円と前記発行価格との差額五〇〇〇株分六六五万円相当の利益を取得し、

二ミサワホーム株式会社(以下「ミサワホーム」という。)財務部長高野哲夫らから、同社が、昭和四六年七月二二日ころ、東京証券取引所に対し申請した同社株式の新規上場承認の審査について、同所上場審査課員佐藤達次郎らを指揮監督しつつ適切かつ順調に審査を進めたことに対する謝礼の趣旨で、同社が同年一一月一日からの上場を予定して一株四八〇円で一般募集により発行する株式二〇〇万株は、優良株として上場後確実に値上りすることが見込まれ、そのため発行会社又は取扱証券会社と特別の関係にある者以外の一般人がたやすく入手できないものであるところから、上場後の上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得させるべく、特に前記株式一〇〇〇株を割当されるものであることを知りながらこれを引受け、同年一〇月二五日ころ、東京都中央区日本橋通一丁目一番地野村証券株式会社において、ミサワホーム社員を通じて右割当を受けた前記株式一〇〇〇株の代金四八万円を払込み、ミサワホーム株式上場の際には同社株式一〇〇〇株の株主となり、その上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得する地位に立ち、よつて右差額相当の利益の供与を受け、その後同年一一月一日、同社株式の東京証券取引所への上場に伴い、同日上場始値一株八〇〇円と前記発行価格との差額一〇〇〇株分三二万円相当の利益を取得し、

三大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)株式引受部引受課長代理木下誠男ら証券会社において株式の募集、売出の引受業務を担当し、それに伴い上場申請会社を助言、指導しつつ上場手続に関与する関係から、かねてから東京証券取引所証券部証券審査課(昭和四六年七月一九日以降は上場部上場審査課)にも出入りし、株式上場審査事務に関して被告人高田と交渉のあつた者から、大和証券ほか三証券会社を引受幹事証券会社として、コクヨ株式会社(以下「コクヨ」という。)ほか五社から東京証券取引所に対し申請された右六社の株式の新規上場承認及びこれまで前記四証券会社が引受幹事証券会社として関与した株式の新規上場承認の各審査について適切かつ順調に審査を進めるとともに、前記木下ら前記四証券会社の株式引受事務担当者に対して株式の新規上場審査事務に関し的確な助言指導をしてくれたことの謝礼並びに将来大和証券ほか三証券会社を引受幹事証券会社として申請される株式の新規上場承認の審査に関しても同様の取扱いをしてもらいたい旨の趣旨で、右の上場を予定して一株一六五円ないし一二五〇円の価格で右大和証券ほか三証券会社を取扱証券会社として一般募集により発行される右六社の株式は、いずれも優良株として上場後確実に値上りすることが見込まれ、そのため発行会社又は取扱証券会社と特別の関係にある者以外の一般人がたやすく入手することができないものであるところから、特に、上場後の上場始値と発行価格との差額を利益として取得させるべく、割当されるものであることを知りながらいずれもこれを引受け、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和四六年二月二四日ころから同四七年九月二五日ころまでの間、前後六回にわたり、東京都練馬区豊玉北五丁目一七番地大和証券練馬支店ほか三か所において、いずれも割当株に対応する買受代金を支払うことにより、それぞれ株式上場の際には、各割当株の株主として上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得する地位に立ち、よつていずれも右差額相当の利益の供与を受け、その後それぞれ上場に伴い、そのころ右差額相当の利益を取得し、

もつてそれぞれ前記自己の職務に関して賄賂を収受し、

第三被告人渋谷、同加藤は、共謀のうえ、被告人岡村に対し、前記第一の一記載の趣旨で、上場始値と発行価格との差額相当の利益を供与すべく、昭和四七年九月初旬ころ殖産住宅の新規発行株式一万株を割当ててこれを引受けさせ、よつて前記第一の一記載の年月日、場所において、同株式の上場始値と発行価格との差額一万株分相当の利益を提供し、その後同年一〇月二日、同社株式の東京証券取引所への上場に伴い右差額相当の一三三〇万円の利益を取得させ、もつて被告人岡村の前記職務に関して賄賂を供与し、

第四被告人渋谷、同西端、同榎本は、順次共謀のうえ、被告人高田に対し、前記第二の一記載の趣旨で、上場始値と発行価格との差額相当の利益を供与すべく、昭和四七年九月一三日ころ、殖産住宅の新規発行株式五〇〇〇株を割当ててこれを引受けさせ、よつて前記第二の一記載の年月日、場所において、同株式の上場始値と発行価格との差額五〇〇〇株分相当の利益を提供し、その後同年一〇月二日、同社株式の東京証券取引所への上場に伴い、右差額相当の六六五万円の利益を取得させ、もつて被告人高田の前記職務に関して賄賂を供与し、

第五被告人澤は、日本電気硝子取締役兼監査室長坂本正利、同経理課長桐澤昇と共謀のうえ、被告人岡村に対し、前記第一の二記載の趣旨で上場始値と売出価格との差額相当の利益を供与すべく、昭和四八年四月初旬ころ、日本電気硝子の売出株式二万二〇〇〇株を割当ててこれを引受けさせ、よつて前記第一の二記載の年月日、場所において、同株式の上場始値と売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益を提供し、その後同年四月二八日、同社株式の東京証券取引所及び大阪証券取引所への上場に伴い、右差額相当の三六三万円の利益を取得させ、もつて被告人岡村の前記職務に関して賄賂を供与し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

第一本件贈収賄の行為客体

一序説

本件贈収賄の手段方法に他の同種事犯と異る著しい特異性を賦与し、かつ、それ故に、各弁護人が一致して犯罪の成否を争う原因となつている点は、(ア)公務員又はこれに準ずる者に対し、増資新株若しくは売出株式(以下「公開株式」という。)を割当て、これを発行価格若しくは売出価格(以下「公開価格」という。)で取得させ、又はその割当てを受けてこれを取得することが贈収賄の実行行為となり得るか、(イ)その際授受の対象となる利益は存在するか、その利益とは果して何であるのかということである。この問題は、後の方から解明して行かなければならないのは当然である。そこで、まず、本件贈収賄の行為客体、すなわち、授受の対象とされた利益の実体を究明することから、検討を始めることとする。

この点につき、検察官は、本件各新規上場会社の公募公開若しくは売出公開にかかる公開株式は、(ア)上場後確実に値上りすることが見込まれ、かつ、(イ)発行(売出)会社(以下「公開会社」ないし「新規上場会社」ともいう。)又は取扱証券会社と特別な関係にある者以外の一般人が入手することができないものであるから、(ウ)かかる公開株式を公務員又はこれに準ずる者の職務に関し特に公開価格で取得したものであれば、そのこと自体が贈収賄行為の客体である利益であると主張する。これに対し、各弁護人は、概略、(エ)公開価格は適正に算出された客観的価格であり、引受、代金払込時における唯一の時価であるから、公開株式を公開価格で買受けても、適正な等価交換があるのみであつて、何ら財産上の利益は生じないこと、(オ)株価の極度の変動性、予測不可能性からして公開株式が上場後確実に値上りするとは言えないし、上場直後の寄付値(上場始値)の予測は不可能であるうえ、そもそも上場後相当期間たてば特価が公開価格前後ないしそれ以下になる事例も数多いのであつて公開価格を上場始値とのみ比較することは恣意的かつ偏頗な方法であること、(カ)公開株式を一般人が入手することも可能であることを理由に、公開株式を公開価格で取得することは到底贈収賄罪の実行行為とはなり得ない旨主張する。

当裁判所は、前示の如く、端的に上場始値と公開価格との差額が贈収賄行為の客体である財産上の利益である旨認定したので、先ずその理由を前掲各証拠(以下個別証拠引用の際、証拠の標目欄において「甲(一)」「乙」「押」の各符号を付した証拠は、その符号により特定して引用する。)に基づいて説明することとする。

二本件犯行当時における新規上場株式の公開価格と上場始値との関係

1 本件犯行にかかる各公開株式八銘柄は、昭和四六年三月一日(コクヨ株)から同四八年四月二三日(日本電気硝子株)までの間に東京証券取引所(一部大阪証券取引所と同時)に新規上場されたものであるが、この時期及び最も早いコクヨ株割当時点における各当事者の新規上場株の上場後の株価動向についての認識の基礎としてそれよりもほぼ一年前までさかのぼつた昭和四五年以降同四八年六月一日までに、東京証券取引所(以下「東証」という。)に新規上場された公開株式中、本件各銘柄同様、他市場に未だ上場されていなかつた株式の上場始値は、甲(一)9によれば、昭和四五年中に新規上場された三二銘柄を始めとして、同四六年二一銘柄、同四七年二二銘柄、同四八年二六銘柄合計一〇一銘柄のすべてが公開価格を上廻つていることが認められる。すなわち、上場始値の対公開価格比は、三協アルミ株の1.06倍を最低とする昭和四五年中の三銘柄を除いてすべて1.1倍以上となつているのみならず、その性質上一般企業と同列に論ずることが適当でない金融・保険業種の株式(証人青木民男四回)を別とすれば、同四六年中はすべて1.2倍以上、同四七年中はすべて1.3倍以上、同四八年においても二銘柄を除いてその余はすべて1.2倍以上となつており、就中、同四六年の八銘柄、同四七年ではわずか三銘柄を除く大半の新規公開株はいずれも1.5倍以上となつているのである。右の結果に照らせば、昭和四五年から同四八年上半期にかけて東証へ新規上場された公開株式に共通する最大の特色として、上場始値が公開価格を相当程度上廻ることを挙げることができよう。証拠に顕われているだけでも、連続して一〇一銘柄、新規公開株の上場始値が約三年半にわたり公開価格をいずれも上廻るという客観的事実は到底偶然のなせる業とは言えないのであるが、かかる実態を呈する原因としては、その職業柄株式市場の実情に明るいものと認められる東証及び証券会社関係者(証人青木民男、同山本雄一、同松沢助次郎、同水野貞雄、同元岡達次、同田喜光、同井上辰三及び甲(一)2、3並びに証人竹中正明二七回、同河野正二八回、同井阪健一三〇回、同菊池八郎三二回)の各供述を総合するに、(一)昭和四五年以降とくに同四六年から四七年にかけては日本経済の高度成長期にあつて、株式市況全体が好況で一般的に株価が上昇傾向にあつたこと、(二)公開株式自体に対する評価としても、厳格な上場審査基準を充足して上場が承認された事実からその企業の財務内容、業績の優秀性が保証され、将来性も高いとみなされるうえ、上場により株式市場という新たな資金源を得るとともに社会的信用も高くなることから今後の発展性、成長性に一層期待がもたれること及び投資銘柄として新鮮で魅力あることなどから前評判が高くなり、買人気を呼び、上場時に買手が殺到して需要が集中するのに対し、相対的に売株数が少ないことから買注文が売注文を圧倒的に上廻ることが常態であつたこと並びに(三)金融機関等に対して公開株式を大量に割当ることが多く、対外的信用保持のためにも最低限公開価格相当の株価水準を維持すべき経営責任を自覚していた新規上場会社及び引受業務に関して危険負担をする取扱証券会社において、双方の利益が公開価格をできるだけ低く決定する方向で一致するところから、ディスカウント等により公開価格が比較的割安に決定されるとともに、一旦公開価格が決定された後は、上場時にはそれを上廻るべく宣伝等に務めていたこと等の諸事情によるものと認められる。

以上によれば、昭和四五年から同四八年六月にかけて東証へ新規上場された未上場の公開株式については、その上場始値が公開価格より相当程度上廻るという客観的状況の存在したことが認められる。

2 被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本、同澤の各弁護人は、右期間中において公開株式の上場始値が公開価格を上廻つたことは、(ア)単なる結果論に過ぎないもので上廻るについての根拠が何ら示されていないのみならず、(イ)同期間中たる昭和四八年五月一日に東証へ新規上場された島野工業株を初めとして、右期間の前後には、上場始値が公開価格を下廻つた例も存在する旨主張する。

まず、右(イ)の点から先に判断すると、前記島野工業株は、大阪証券取引所作成名義の「捜査関係事項照会について(回答)」と題する書面(甲(一)181に明らかなとおり、本件各株式を初めとする前記一〇一銘柄の新規公開株式とは全く類型を異にし、東証への新規上場前に既に大阪証券取引所に上場されていたものであるのみならず、昭和四七年一一月二一日同証券取引所に新規上場された際には、上場始値が公開価格の1.79倍も値上りしているものであるから、かかる特異事例の存在を以てしては、前示認定を覆すに由ないところと言うべきである。また、前示認定は、本件犯行時の客観的状況を明らかにする目的で、その前後に相当の幅をもたせて、昭和四五年から同四八年六月一日までの間の事例を検討しているのであるから、右以外の時点における反対事例を如何に収集しようと、右期間中における客観的状況に対する反証としては何ら意味をなさないことは、言うまでもないところである。さらに、前記(ア)の右期間中における前記状況すら単なる結果論に過ぎない旨の批判については、前記1の(一)ないし(三)のような諸要因を考察すれば、単なる結果論ではなく相応の原因を有することが明らかであるのみならず、そもそも、贈収賄当事者の意識からすれば、値上り原因の分析などは論外であつて、値上りの客観的状況というまさに結果論こそがその行動決定の動機となつていた事情に照らしても、的外れと評するほかはない。

3 次ぎに、当時公開価格算定の際になされていたディスカウントは、公開株式上場後の株価水準と全く同類の公開価格であつて、上場後に買つても同じことであるから、公開株式に対する需要が出て来ないことを惧れ、投資家の購買意欲を喚起するための刺戟要因として、上場後、新規上場会社の実力等に相応して形成されると考えられる株式価格より、公開価格を安価にするために実施される側面をも有する(証人竹中正明二七回)のであるから、弁護人所論の如く、市況の変動等の危険負担に対する担保その他合理的理由に基づく側面を併せ持つものとしても、やはり公開価格を割安に決定するという色彩は払拭できないものである。ディスカウントを合理化する事由が存在するとしても、ディスカウントの結果公開価格と上場始値との乖離が拡大することは紛れもない事実であるから、その合理性を喋々することは前示認定に何らの影響をも及ぼし得ない(ちなみに、オオバ株については、ディスカウントがなされていないが、これは業種内容の特異性から類似会社が一社しか選定されず、しかも同社の株価水準が同業種の平均値よりかなり低いという特殊事情に基づき(押43、91)、算出された推定流通株価自体が当初から比較的安価なものと考えられたからにほかならない。)

4 さらに、各弁護人は、上場始値においては、投資家の過熱した人気、投機的思惑、取扱証券会社等業界の宣伝、あおり、公開株式の未知数のものとして魅力、売り株(いわゆる「冷し玉」)の準備不足等の諸事情により一時的に熱狂的な人気を博して異常な出来高を記録し、当該株式の実力以上に高値がつく旨主張しているが、これは上場始値における公開価格との差益(プレミアム)の存在の確実性という観点からみた場合、むしろ、それ故にこそ、その根拠を補強するものとなるのである。また、当該株式の実力に相応した適正な価格を云々することは、それ以外の外部的、内部的な諸々の要素をも含めて形成される株式価格の特質を無視した主張として排斥を免れない。

三贈収賄の客体――上場始値と公開価格との差益

1 公開株式において上場始値が公開価格を相当程度上廻るという事実は、換言すれば、かかる公開株式を公開価格で取得できれば、上場のあかつきには上場始値と公開価格との差額相当の利益(いわゆるプレミアム)を取得することを意味するものである。

もちろん、被告人澤、同高田の弁護人の主張をまつまでもなく、株価の変動性、予測不可能性に思いを至せば、偶々結果的に公開株式が値上りしたからと言つて、直ちにそれを捉えて値上り相当分の利益がつねに贈収賄罪の客体となるとの一般論を抽き出すことは相当でない。しかしながら前記1ないし3で説示した如く、昭和四五年から同四八年六月までの期間中においては、新規上場公開株式についてはつねに上場始値が公開価格を相当程度上廻ることが客観的状況として存在したのである。そうだとすれば、この期間中に限つて未上場の公開株式という限定された範囲内では、公開株式の取得が直ちに上場始値と公開価格との差額相当の利益取得の結果をもたらすものと確実に言い得るような客観的状況が存在したものであり、それは決して偶然性に基づく結果的な利益取得というに止まらず、一般的な賄賂罪の客体としての「有形なると無形なるとを問わず苟くも人の需要若しくは欲望を充たすに足るべき一切の利益」にあたるものと解し得るものである。

2 各弁護人は、いずれも、上場後相当期間を経過した時点で、株価が上場始値はおろか公開価格すら下廻る公開株式も少からず存することからしても、上場始値という一時的な株価を捉えて公開価格と比較するのは不合理であると主張する。

しかし、公開株式は、あくまでも上場を目途として発行ないし売出されるものであるから、上場前における取引のために暫定的に決定されるに過ぎない公開価格はその真の価格ではなく、上場により証券取引市場において確定される取引価格こそその本来の価格なのであり、上場始値はまさしくこれに該当する。その後における株価の変動の如きは、上場に際して形成された本来の取引価格が、その時々における諸要因を反映して消長を見せているに過ぎない。また、公開株式の取得者についてみても、公開株式を取得する目的は、株主となる地位にたつこと自体(払込により直ちに公開株式を現実に取得するものではなく、上場に際して株式を取得するに至る。)ではなく、上場に伴い株式市場に流通する株式の現実の株主になることであるから、この点よりしても公開株式が株式市場において流通取引される株式となり、公開株式の取得者が現実に右の如き株式の株主となる上場時(株式価格の面では上場始値形成時)が、公聞株式の取得に関して利益の有無を判断する基準時となるものと解すべきである。

3 次ぎに、個々の本件各株式につき、その割当及び引受払込の時点において、上場時における前記差益の発生を客観的に見込み得たか否かにつき検討するに、本件各株式中最も早期に上場されたコクヨ株についてすら、それ以前に新規上場された公開株式が一年以上に亘り連続三三銘柄上場始値が公開価格を上廻つたという当時の客観的状況に鑑み、特段の事由(その存否については、後に検討する。)のない限りは、右趨勢に従い上場始値が公開価格を上廻るべきこと、従つて、公開価格による公開株式の取得が上場時における前記差益の取得をもたらすべきことは、その割当及び引受払込の時点においても客観的に見込み得たものと認められる。その余の本件各株式については、時の経過に従い、右客観的趨勢が累積されて行くのであるから、一層強く前記差益の取得を見込み得たものと認むべきである。

そこで、本件各公開株式につき、その上場当時の一般的趨勢に反して上場始値が公開価格を下廻るが如き特段の事由が存したか否かを検討するに、本件全証拠によつても、かかる特段の事由の存在は何ら認められない。却つて、前掲各証拠によれば、本件各公開株式は、類似会社と比較しての財務内容の優秀性、事業内容、各業種におけるトップ企業としての企業地位等により、それぞれ優良株あるいは有望株として上場前から人気を呼んでいたことが認められ、同時期に新規上場された他の公開株式に比して一層強く上場始値が公開価格を上廻ることの確実性が認められるものである。

以上を要約すれば、本件各公開株式については、いずれもその割当及び引受払込の時点において、上場時に上場始値が公開価格を上廻るべきこと、従つて、かかる公開株式の公開価格による取得が上場始値と公開価格との差額相当の利益をもたらすべきことが客観的に見込まれるものであつて、上場開始の時点で取得できることが確実視されるかかる差益は、割当及び引受払込の時点において既に贈収賄行為の客体である財産上の利益と目し得るものと言わなければならない。

4 ところで、被告人澤の弁護人は、日本電気硝子株は昭和四八年二月二日の欧州ドル通貨不安に伴う株価の暴落以降の株式市況が下落傾向にあつた同年四月二三日に新規上場されたものであるから、当時の状況に照らせば上場始値が公開価格を割るおそれも存したのであり、偶々これを上廻つたとしてもそれは結果論に過ぎない旨主張する。所論は、要するに、当時の一般株式市況の下落傾向を理由に、日本電気硝子株については前記特段の理由が存したものというのであるが、(ア)同社公開株式の公開価格算定にあたつては、類似会社の株価平均を同年二月二六日から三月二四日までの期間のものによつているのであつて、所論株価暴落後の株価を採り入れることによつて公開価格自体当時の株式市況を相当程度反映した低額のものとしていること(甲(一)53、押24)、(イ)同年二月二日以降四月二三日以前に新規上場された公開株式は金融・保険業種のものが多いにもかかわらず依然としてすべて上場始値が公開価格を1.1倍以上上廻つており、就中一般企業三銘柄はすべて1.24倍以上の値上りを示し、その内二銘柄は株価暴落前の二月一日上場にかかるグンゼ産業株を上廻る値上り率を示していたこと(甲(一)9)よりすれば、所論の株式市況全体の下落傾向は、公開株式の上場始値がその公開価格を上廻るという事実自体には未だ影響を及ぼすべき特別の事由たり得ないことが明らかである。すなわち、公開株式においては、上場始値が公開価格を上廻ることが、昭和四八年二月二日以降も少なくとも同年六月一日までは客観的な状況として存在していたのである。よつて所論は採用の限りではない。

5 また、各弁護人は、株価の有する極度の変動性・予測不可能性からして、割当及び引受払込の時点においては、上場始値従つてこれと公開価格との差益を確実に予測することは不可能である旨主張する。

しかしながら、贈収賄行為の客体となる財産上の利益は、金銭等のように贈収賄当事者においてその経済的価値を数額として確定できるものに限られないことは言うまでもないところであつて、本件のように、上場始値と公開価額との間の差益の発生が確実に見込まれる場合においては、たとえ所論の如く、その数額までもあらかじめ確定できないとしても、これ以て贈収賄行為の客体と認めることは何らの支障はない(所論のいわゆる株価の変動性・予測不可能性なるものは、上場後の株式市場における一般的取引について妥当するものであつて、これを新規上場株式の公開価格と上場始値との関係にあてはめようとすること自体、不合理である。)。そもそも、贈収賄行為の客体となる利益は、その数額が不確定であるに止まらず、その発生・実現そのものが将来の不定の条件によつて左右されるものであつても、実現の可能性が予想されるならば賄賂罪の客体となりうることは、投機的事業で損失の危険を伴うおそれがある場合でもこれに参与する機会を与えることは賄賂性を有するものとした判例(大審院大正九年一二月一〇日判決、録二六輯一一三二頁)を始めとして幾多の判例が示すところであるから、本件各公開株式の如く上場時における差益の発生が極めて高い蓋然性をもつ場合には、その差益を賄賂罪の客体と認めることに何らの不合理はない。

6 さらに、各弁護人は、株価の変動に伴つて生ずる単なる評価益の存在は未だ以て利益の発生と見ることはできず、株式の売却によつてはじめて利益の実現を見ることとなる旨主張するが、実現された所得という建前から評価益を排除する企業会計ないし税法上の収益の計算における場合とは異なり、贈収賄の客体となる利益は、前示のとおり、有形なると無形なるとを問わず苟くも人の需要若しくは欲望を充たすに足るべき一切の利益を含むものであるから、所論はその前提を誤るものである。本件の場合、株式引受人は、上場始値形成の時点において、上場始値(公開価格との差益が含まれている。)という取引価格を有し、かつ、証券取引市場においていつでも取引(換金)可能な株式の保有者となる目的を達したものであり、まさにこの時点において当該差益を現実に享受したことになるのである。上場始値以降の株価については所論の如く上場始値より安くなる株式もあるが、逆に本件各株式中には更に株価上昇を続けたものも存するのであつて(上場始値より高く売却したとしても、その売却益が賄賂の内容となるものではない。)、かかる株価変動は利益取得後の事情に過ぎず、全く賄賂の目的物如伺とは無関係な事柄に属する。賄賂罪の客体としての利益が必ずしも永続的内容をもつことを必要としないことに鑑みれば、上場始値という確定した基準により利益性を判断することが所論の如く変動極まりない一時点の株価を捉えて利益性を肯定する恣意的、偏頗的な方法であると言い得ないことは明らかであろう。

なお、被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本の弁護人は、上場始値が公開価格と同等もしくは下廻つた場合を云々するが、所論はかかる事実が本件当時客観的に存在しない(常に値上りすることが客観的に認められる事実であるからこそ、そのような事実を踏まえた上で前記認定のとおり差額相当の利益を賄賂罪の客体と認めるのである。)ことからその前提を欠くことが明らかであるうえ、仮りに所論の如き事態が発生したとしても、単に結果不発生により供与及び収受罪が未成立に終るだけであつて、所論によつても前記認定を覆えすに足らないことは明らかである。

7 各弁護人は、公開価格は適正かつ公正に算定された公開株式の唯一の価格であつて、上場前に公開株式を取得するためには公開価格によらざるを得ず、被告人岡村、同高田らによる本件各公開株式の取得も、一般の取引と何ら異るところなく公開価格を対価に供してなされているのであるから、違法な財産上の利益を生ずべき余地はないと主張する。

本件贈収賄罪の実行行為の構成については後に説示するところであるが、既に縷々説示した如く、割当及び引受払込の時点においても上場時における上場始値との差益が確実に見込まれる以上、たとえ公開株式の対価として公開価格を支払つたとしても、右差益については公開価格の払込によつて賄われない利益として賄賂罪の客体となり得るものと解すべきである。すなわち、公開価格の払込は、単に株式引受人たる地位(権利株)の取得を目的とするに止まらず、上場時点における右差益獲得の手段としての意義を有するものであつて、この点に贈収賄罪成立の契機が秘められているのである。従つて、所論は、上場始値との差益の発生を偶然性に基づく単なる結果論に過ぎないものとする、既に否定された前提(前記二の2の(ア)参照)に立脚しない限り、その成立の余地はないこととなる。

被告人高田の弁護人は、本件における各公開株式の取得方法が、公開価格の支払という意味で、他の一般の場合と同様であるから、一般投資家以上の利益を得ていない旨強調するが、他の一般投資家の場合であつても、上場時点における前記差益を享受していることは被告人高田の場合と全く同断であつて、ただ、公務員又はこれに準ずべき者としての身分や職務との関連性を欠くため、犯罪成立の余地がないに過ぎない。

8 各弁護人は、本件各公開株式は、公開価格を支払いさえすれば、希望する一般通常人は誰でも入手可能だつたのであるから、被告人岡村、同高田において、一般通常人と全く同様な方法でこれを入手したとしても何らこれによつて一般通常人と異る特別の財産上の利益を受けたことにはならない旨主張する。とくに、被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本、同澤の各弁護人は、証人青木民男、同河野正、同井阪健一、同石原正平、同陽真也(二九回)、同井上辰三、同山本雄一、同坂本正利らの各供述を引いて、殖産住宅及び日本電気硝子における親引株の割当状況並びに取扱証券会社の公開株割当状況に照らし、公開会社又は取扱証券会社と何らかの関わり合いがあれば公開株式は入手できたもので、必ずしも一般投資家にとつて入手が不可能ないし著しく困難であつたとは言えない旨主張する。

しかしながら所論引用の各証人中証券会社関係者は、異口同音に、A(ア)良い会社の株式を引受けて当社の得意先に販売できるということだから、営業政策上公開株は多い方がいい、(イ)引受株の販売については、証券会社なりに計画をたてて得意先に販売するが、支店に割当てた分については支店で相手を選別して取引関係者に販売することが多い、(ウ)新規公開株は株数が少ないので、証券会社の判断によるが、誰でも買えるものではないし、人気株であるから初めて見える客よりも従来からの得意先に売ることが当然多い(証人青木民男七回)、B(ア)引受幹事証券会社となれば、公開株という優良株を顧客に勧められることになるし顧客獲得のためにも有効である、(イ)また公開株は株数に制限あるため顧客等割当希望者の方が引受株式数よりも多く、各支店においても割当先を選別していた状態で、見も知らない人に売るようなことはない(同山本雄一一六回)、C公開株は値上りが予想されるため希望者が多いので、割当は特別な関係のある上得意客、会社とつきあいのある会社関係者等に制限せざるを得ず、見ず知らずの方には原則として割当てないので、一般の人は欲しくても手に入らない(同石原正平二五回)、D一般のフリーの客は買えなかつたことはないが少なくとも買いにくかつた(同河野正二八回)、Eとくに公募株は公開株数に対して非常に需要の方が多く証券会社としては、大口の顧客等に配付していたし、希望があるから配布されるとは限らず、営業政策上今後(証券)会社の顧客として有望で取引関係を結びたいと考えている所にコマーシャル・ベースということで配付していた(同井阪健一三〇回)旨、それぞれ供述しているのである。また、本件各公開株式の取扱証券会社関係者中前記以外の証人も、F当時公募株は乖離の状態にあり、それを期待するため希望する客が多かつたが、利益が出るので証券会社としても自分のお得意さんの所へ割当てていたため、全然知らない人が突然行つても買えなかつた(証人木下誠男一六回)、G公募株は上場後の値上りを楽しみに希望する人が多かつたが、営業政策上、お客様を厳選して上得意に割当てていた(同田代敬治一七回)、H新規公開株は一般に申込者が極めて多いので、その中から誰を選ぶかは証券会社で決めていた(同松沢助次郎一七回)、I公開株の販売先は誰でもというわけにいかず、何らかの形で山一証券へ貢献するような所へ選別していた(同水野貞雄一八回)、J公開株を買うことが投資家にとつて一般的に大きな魅力がある状態で希望はかなり多かつたが、証券会社としては主として既存の顧客に殆ど販売していた(同長谷川隆一九回、二〇回)、K公開株は希望者が多く割当を受けた部署において一般営業を通じての知合や上得意の人などを優先して、特別な客だけに配分する形だつたので上顧客等に集中していた(同金井哲夫二五回)、L公開株の販売先は主に顧客を中心とするので、全くフリーの客が公開株を求めにきても、売ることは実際上殆どなく、実際問題として新規の客まではわたらない(同加納正之二七回)旨、それぞれ供述している。以上の各供述に、その他株式市場関係者の供述(例えば証人太田睦一二回の証券会社は公開株を一般に売出すことなく、大体知人、顧客関係へはめ込む旨の供述)及び甲(一)85・92等を総合すれば、本件各公開株式を含む新規公開株は上場始値との差益が確実に予測されるため、入手の希望が極めて大きく、他方公開株式数が相対的に少ないため、取扱証券会社としても単なる通常の株式取引の枠を超えて、営業政策上の観点から、従来からの上得意先や今後取引先としての開拓をねらう顧客に売つて、利益を得させることにより、顧客の確保、拡張の手段として利用するなどの目的で特定の関係者に限つて販売したもので、公開株式の入手できる範囲は限定されており、一般人が証券会社から公開株式を取得することは事実上殆ど不可能であつたことが認められる。所論は、所論引用にかかる証拠中の(ア)一般人が絶対に買えないということはない旨の供述あるいは(イ)従来取引がない新規の客であつても、今後有望な取引関係と結びつくと考えられるところは、配付することはある旨の供述を過度に強調するものであるが、右(ア)の点は実際の経験に基づかない観念的供述で、一般論としては、一般人による取得は困難だが絶対に不可能とまでは断定できない旨の意見に過ぎず、また、右(イ)の点は、逆の言い方をすれば、将来証券会社にとつて有望な顧客になるとはみられない場合には、従来取引がない新規の客には配付しないことを意味することとなり、却つて公開株式販売先の限定性を示す一要素とみなされるものと言うべきである。

次ぎに、殖産住宅及び日本電気硝子の親引株の割当先が、安定株主としての金融機関、系列会社、関係取引先等の事業法人及びこれらの役職員、取引先その他の特別の縁故関係者に限られることなく、会社に理解を示す好意的・協力的に人物にまで広がつていたことは、所論のとおりであるが、(一)新規上場会社における親引先は、最大限各部門の関係者として親引先の選定にあたつた担当者の知悉する人物の範囲に限られることもまた自明の理であるのみならず、(二)公開株式の人気が高く希望者が多い(証人陽真也二九回)反面、親引株数に限りがあるうえ、その大部分が金融機関、事業法人に割当られるため、その他の関係者に割当る親引株数はなおさら限定されること(押14によれば、本件各公開株式中親引株数が六九〇万株と圧倒的に多い殖産住宅でも、親引株割当にかかる新規株主数は法人を含めても九六四名、押76、77によれば親引株数が一七一万五〇〇〇株の日本電気硝子に至つてわずか一九七名に過ぎない。)及び(三)安定株主工作の目的以外の親引株割当が、あくまで、値上り確実という利益性を背景に、割当により会社の今後の取引の円滑化、事業の発展という目的のために実施されることから会社に対して理解を示す協力的な人物で右目的に寄与すると判断したものに限つて割当がなされていたことに鑑みると、従来新規上場会社と何ら関わりをもたない一般人が親引株の割当を希望してもそれにより公開株式を取得できるものではないことは明らかであるといわなければならない。被告人らも、たとえば、被告人澤の大蔵省の役人であろうとも全然(会社にとつて)見ず知らずの方からの要求なら割当てない旨の公判廷供述の如く、端的にこの理を認めているのであるから、なお、この事情は、本件各公開株式中、前記二社以外においても同様である。

以上によれば、本件各公開株式が一般人にたやすく入手できなかつたことは明らかである。ちなみに、この事実は、ただに弁護人らの前記所論(すなわち、本件各公開株式の取得が、一般の株式市場における株式の取得同様、通常の株式取引に過ぎず、そのことにより何ら特別の利益を取得するものではない旨の主張)を排斥するに止まらず、公開株式の取得が、証券取引所における株式売買の如く、相場によつて形成された代価を支払えば誰でも株式を入手できる通常の株式取引と異なり、一般人には入手不可能な特殊な類型の取引であることを示して、その取得自体による利益性の存在をより明確化するものである。

以上論じてきたことから明らかなとおり、所論はいずれも失当であつて採用の限りではない。

四差益の存在についての関係者の認識状況

本件各公開株式については、いずれもその割当及び引受払込の時点において、上場始値と公開価格との差益が客観的に確実に見込まれるものであることについては、叙上縷説のとおりである。然らば、被告人らを含む本件関係者は、当時この間の事情をどのように認識していたものであるかが、次の問題となる。

そこで、被告人以外の株式市場関係者、証券会社関係者及び公開会社関係者並びに贈賄側被告人及び収賄側被告人のそれぞれにつき、順次この点を検討することとする。

1 先ず、株式市場関係等は、A公開価格と上場の際の価格の関係では損をしたというケースはなく必ず値上りしていたし、上場初日に下廻るケースはなかつた(証人青木民男七回)、B通常の株に比し、まず上場値段が発行価格を下廻ることはないだろうと予想していた(同佐藤達次郎一二回)、C公募株は従来の実績では高いのが普通で、ミサワホーム株も大体五〇〇から六〇〇円近くはいくだろうと予想していた、コクヨ株及びナショナル住宅建材株も過去の実績からみて大体上場一、二か月の間で売れば損はしないだろうと思つていた(同太田睦一二回)、D公募株が過去の数字からみて経験的に上がることは、昭和四七年当時、かなり確実に言えた、公募株を引受ければ儲かるといううわさはいろいろあつた(同小林稔忠一五回)、E昭和四五、六年は比較的公開価格を上廻つて寄付くものが多かつた、新規上場に伴い公開株は公開価格算定とは無関係に、当時の乖離が一から二割、銘柄によつて三割というものもあつた(同山本雄一一六回)、F上場すれば値上りという状況だつた(同木下誠男一六回)、G昭和四六、七年ころは寄付価格が公開価格より高いケースが大だつた、同四五、六年ころ一般的に公開株は上場の際高く売れていた(同松沢助次郎一七回)、H昭和四六、七年は公開価格と寄付値にはかなりの差があり、経済情勢に変動がない限り通常上廻つて寄付くという現象があつた(同水野貞雄一八回)、I昭和四六、七年は乖離があり、公開株を買うことが投資家にとつて大きな魅力ある状況だつた(同長谷川隆一九回)、J昭和四五、六年ころは株式市場全体が良い環境で、大体寄付値は上廻つていたし、公開株式はかなり内容の高い上場審査基準にパスしてくるということで、将来の発展成長性が十分期待されると考えていた(同元岡達治二一回)、K公開株を買うことは、私益の出るケースが多かつた(同横道唯人二一回)、L公開株は、昭和四六年当時、人気があつたし、上場後の価格はかなり高かつた(同田喜光二三回)、M公開株が、公開価格を割つて値がついたことは一度もなく、一応上がるといえた(同石原正平二五回)、N昭和四五年から昭和四七年の平均では五割位高くなつていたし、証人が関与して以来、公開価格を下廻る例はない、昭和四六年から四八年にかけての大勢として、一般的に公開価格より上場始値が高くなるということは言える、買う人もほぼ上ると思つて買つていた(同井上辰三二六回)、O上場始値は経験的に見れば値段が多かつたし、上場後の相場は上る傾向が強いと言える(同竹中正明二七回)、P新規上場株については値上りが期待できる時期が非常に長く、二〇〇円の公開価格で買うということは二五〇円なり三〇〇円になるという期待を同時に持つことだけは間違いなかつた(同相原正一郎)、Q過去の実績からみると大体新規公開の場合は値上りしていたので、おそらく上がるだろうという程度の見当はついていた(同河野正二八回)、R公開価格よりも上場した場合に高くなるというのが一般的な常識であつた(同重岡義郎二九回)、S上場始値は、概して公開価格よりもかなりの高値で寄付く可能性が強かつた(同井阪健一三〇回)、T公開株が、多くの場合、上場日に公開価格より値上りすることは公知の事実だつた(同菊池八郎三二回)旨、それぞれ供述しているのであつて、この他甲(一)2、3、11、85等を総合すれば、昭和四五年から四八年ころにおいて、新規上場にかかる未上場の公開株式の上場始値が公開価格を確実に上廻ることは、東証及び証券会社関係者にとつては公知の事実であり、従つてかかる公開株式を取得することが、上場の際、上場始値と公開価格との差額相当の利益をもたらすことも右関係者間では十分に認識されていたものと認められる(前項記載の取扱証券会社における公開株式の販売形態も、このような公開株式の実態に対する理解を前提としてなされていたものである。)。

2 そうだとすれば、判示事実中、被告人高田関係に対する証券会社割当分については、証券会社関係者に、公開株式取得による利益性の認識が存していたことはもはや明らかであろう。現に、(一)コクヨ株を被告人高田に対し割当て引受させた大和証券関係者は、A同証券株式引受課長であつた山本雄一において、コクヨは会社自体として優良で、優良株として市場の人気もつきやすかつた(同証人一六回)、B同課課長代理であり、直接被告人高田へコクヨ株を割当てた木下誠男において、コクヨ株を高田が買つた場合、上場で値が出れば利益を与えることになるのはわかつていた、コクヨ株は当時公開価格より若干乖離した値段の予想がされていたし、従来の経験から大体公開価格より高くなることはわかつていた(同証人一六回)旨、(二)ナショナル住宅建材株とオオバ株を引受させた山一証券関係者は、A当時同証券株式引受課長(後、株式引受部次長を兼務)であった水野貞雄において、(ア)山一証券が主幹事となつたものの中から、企業内容がよくて上場始値が公開価格を上廻ることが殆ど確実で、絶対に損はさせないというものを選別して高田に割当てていた、(イ)オオバ株は、当時の情勢を考えるととりたててアクシデントがなければ公開価格を割ることはなく、すんなりいけば三五〇円から四〇〇円くらいはつくのではないかと考えて割当てた(同証人一八回)、B同課課長代理であつた長谷川隆において、確実に値上りして利得を得られるような新規上場株を割当てた、新規上場株は、発行価格を大きく上回る相場のつくことが続き、その割当はほぼ確実に相当の利益を期待できるので、一種の利権をさしあげるような結果となる(同証人一六回、甲(一)85、86)旨、(三)昭和化学工業株と殖産住宅株を割当て引受させた新日本証券関係者は、A当時同証券引受部課長であつた元岡達治において、(ア)殖産住宅株は、住宅関連会社で内容も非常によく、住宅ブームの真最中でもあつたので、上場後の株価は非常に高いことが言われていたし、会社そのもののの将来性が高いことも十分予想出来たので、人気が出るのではないかと考え、値上りの可能性がやはり高いと感じていた、(イ)二〇〇〇円以上になると定評があり、このような前評判の高い公募株を高田に分ければ喜んでいただけると思つた(ウ)昭和化学工業株も三割から五割の値上り予想であつた、(エ)公開株式は取得すれば必ず利益が出る極めて価値あるものだつた(同証人二一回、甲(一)92)、B同部部長等の識にあつた横道唯人において、公開株を買つてもらうと利益の出る場合が多く、昭和化学工業株は、五割増にはなると思つていたし、殖産住宅株も三割は上がると予想していた(同証人二一回、甲(一)93)旨、(四)旭ダイヤモンド工業株を割当て引受させた日興証券関係者は、A同証券引受部次長兼引受課長であつた石原正平において、旭ダイヤモンド工業株は、優良な会社で評判もよく、将来性もあると判断していた、市場の人気も合せて七〇〇円位行くだろうとうわさされていた(同証人二五回)、B同部課長代理であつた金井哲夫において、日興証券においては公開株式の上場後の価格が下るケースはなく、旭ダイヤモンド工業株も優良な会社で、値上りが期待されており、地場筋では七〇〇円位の気配が出ていた(同証人二五回)旨それぞれ供述して、右趣旨を明確に表わしているのである。また、右供述は、いずれも被告人高田に対する公開株式割当の趣旨を、上場審査等に対するお礼の気持ちを示したものとしているのであるが、謝礼の趣旨である以上、それを受領した被告人高田に何らかの利得が享受される性質のものであるべきことは明らかで、この点よりしても各証券会社側当事者において、公開株式取得による利益性についての認識が存したことが認められるのである。

3 次ぎに、高野哲夫及び泉安治らミサワホーム関係者に、公開株式取得における利益性の認識が存したことは、(ア)かなり有望株ということで興味をもたれており、若干上がるんじやないかと思つていた、審査に際し、お世話になつた高田へ、感謝の気持を表わす趣旨で割当てた(証人泉安治一四回)、(イ)公開価格以上に上場の際値上りすれば買つた人は得することがわかつていたが、上場審査で御苦労願い、お世話になつたので被告人高田にも割当てた、(ウ)社内では五〇〇円から六〇〇円行くんじやないかと話していた(同高野哲夫一四回)旨の各供述等よりすれば、明らかである。

4 さらに、A被告人渋谷は、(ア)親引株は公募価格で分けるが昨年度の株式実績からすると五割から一〇割位の高値で市場で売買されており、安い価格で割当てるのは、お礼の意味をこめて割当てることにしていた、(イ)岡村は売却して利益を得るため割当を希望してきたと思つたが、審査等でお世話になつたので、そのお礼の意味で割当てた方がよいと考えた(乙2)、(ウ)一般公開といつても買つておけば上場時非常に値上りするので希望者は非常に多く、欲しい人が直ちに買えるというものではない、(エ)当時株式市場は過熱しかかつており当社株は非常に人気が上がつていたので最低五割増の値がつくことは確実視していた、(オ)当社株のように人気のある会社が、上場に際し、公募増資する場合、発行価格で買取れば、上場すれば値上りして必ず儲かることははつきりしていた、(カ)割当を受けることだけで大変な利益を確保できる(乙3)、(キ)高田に特別に割当て儲けさせておけば、上場審査をお願いしたお礼になる(乙8)旨供述しており(乙6も同旨)、B被告人加藤は、(ア)上場するとかなりの値がつくことになり、二〇〇〇円を超えると予想する人もかなりいたが、固く踏んで一七〇〇円から一八〇〇円と予想していた、殖産住宅株は、上場から非常な人気で値上りが期待され、割当を受ければ、上場されれば確実に相当儲けられる(乙9)旨供述しており(乙12も同旨。)、C被告人西端は、(ア)上場後の値上りは公開株式の二倍位と予想していた、(イ)新株を、高田へ上場申請の審査でお世話になつたお礼の意味で割当てた(乙16)、(ウ)一八〇〇円位の値がつくとみていたので、公募価格で引受ければ確実に儲かる状況だつた(乙18)旨供述しており、D被告人榎本は、(ア)公募価格未決定の段階でも、公募価格が上場された時の市場価格より安い価格となることは常識である(乙21)、(イ)上場後は一七〇〇から一八〇〇円で取引されると考えていたのでお世話になつたところへ割当すれば、相手の方もそれだけ利益を得ることになるので喜んでいただくため割当した、(ウ)上場決定につき色々とお世話になつた東証上場部へもお礼をしなければならないと考え、新株を割当ててはどうかと考えた(乙23、乙27も同旨。)旨供述しており、E被告人澤は、(ア)公開価格より上場後の市場価格が高くなることが予想され、三〇〇円以上になることは間違いないと思つていたので、割当は安値で分けてやり儲けさせることになる、(イ)岡村へは審査の関係でお世話になつているのでお礼の意味で割当てた(乙29)、(ウ)それまでの新規公開株価の実勢から、殆ど上場されると公開価格の五割以上の高値で取引きされていたので、当社株も低くみても三〇〇円位になると思つていた、従つてかなり安値で売ることになり、親引株で儲けさせてやるという意味がある(乙30)、(エ)割当は、上場後の市場価格より安い価格で株を売つてやり、プレミアム券を儲けさせてやるわけである、(オ)岡村には審査に関し、お世話になつているので、その謝礼として安い親引株を割当て、儲けていただこうと考えた(乙31)旨供述しており(乙33、乙34も同旨。)、F被告人岡村は、(ア)日本電気硝子株は必ず値上りし、儲けが得られると思つていたが審査担当の謝礼として割当ててもらつた、(イ)殖産住宅株も同様である(乙38)、(ウ)殖産住宅は非常に収益性の良い会社であるため、上場の際、相当の値上りが予想され、かなりの儲けになると思つていたので、是非公開価格で入手し、上場後売つて儲けるつもりだつた(乙41)、(エ)日本電気硝子株は新規上場故、高値が付くとわかつていたので、殖産住宅株と同様、親引株の割当を受けて儲けたいと考えた、(オ)昭和四七年当時は、株式への異常人気のせいもあつて、上場直後は高値が付き五割から一〇割のプレミアムが付いていた、(カ)昭和四八年に入つてやや弱含みとなつたが、それでもプレミアムはついていたので、日本電気硝子株の売出価格はわからなくとも、観引株を割当ててもらい、上場直後に売つてしまえば儲かるので、何とか分けてもらいたいと考えていた(乙42)、(キ)殖産住宅株のように人気のある株は、買えば上場により必ず儲かる(乙43)、(ク)以前から割当の話はあつたが、不安があつたところ、昭和四六年九月ころには株式市場が活況を呈し、良い会社の株式を時価より割安の発行価格で買つておけば、確実に儲けられると思われるようになつたので、公開株式を取得するようになつた(乙47)、(ケ)新規上場に際しての増資は、会社の人気がつくので値上り幅も大きく、最低五割の値上りは確実と思い割当を受けていた(乙48)、(コ)新規上場なら公開株は、上場後にプレミアムがついてその分が必ず儲かることはわかつていた(乙49)旨供述しており、G被告人高田は、(ア)殖産住宅は極めて財務内容優良で、将来の発展も期待でき、同社株の人気が高く一八〇〇円から二〇〇〇円で寄付くだろうと思つていた(乙56)、(イ)新規上場株は、市場の人気が高いものが多く、上場始値が推定株価より高くなりその値上りも大きく、一般的にいつて公開価格で入手できることになれば将来の儲けが確実視される(乙57)、(ウ)殖産住宅株は世間の人気も極めて高く、公開価格で割当を受けると確実に儲かるので、西端らが割当て儲けさせてくれるのは上場審査をしてもらつたお礼の気持をあらわしたものとわかつた、(エ)元岡が割当てしてきたのは新日本証券なりの立場でお礼の気持をあらわしてきたものとわかつた(乙59)、(オ)ナショナル住宅建材株を割当ててきたのは、上場始値が高価になり殆ど間違いなく儲かるので、その儲けを得させることによつていろいろ世話になつたことのお礼をする趣旨だとわかつた、(カ)オオバ株の割当も、公開価格で割当てることによつて上場されれば確実に儲けさせ、その利益で上場審査にあたつた謝礼にする意味とわかつた、オオバ株は四〇〇円位で寄付くと予想していた(乙60)、(キ)旭ダイヤモンド株の寄付値は七〇〇円位とみていたが、謝礼の意味をこめて上場になれば公開価格より確実に値上りし、その分だけ儲かる同株式の割当をしてきているとわかつた(乙61)、(ク)ミサワホーム株は当時人気が高く七〇〇円位で寄付くだろうと思つていたが、その公募新株を公開価格で割当をしてくれ、上場されれば確実に儲かるので、その儲けを与えて謝礼にしたい趣旨で割当ててくれたとわかつた(乙64)、(ケ)コクヨ株は、控え目な予想でも六〇〇から七〇〇円で寄付くとみていたし、もつと高額で寄付くとみられており確実に儲けの出る同様式のその儲けを得させて謝礼等にしようと割当てしたものとわかつた(乙65)旨供述しており(昭和化学工業株について、乙62に同旨。)、以上の各供述によれば、各被告人には、それぞれ割当又は引受払込時点で当該公開株式の上場始値が確実に公開価格を上廻ること、従つてかかる公開株式を取得することにより、その差額分の利益を取得できることを理解した上で、それを謝礼とする趣旨で各公開株式を割当てあるいは取得したことが明らかである。よつて、前掲各証拠によれば、各被告人が公開株式取得による利益性を認識していたものと認めるに十分である。

5 ところで、被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本、同澤の各弁護人は、各公開株式割当当時、被告人らには、当該公開株式の上場始値が公開価格を確実に上廻る旨の認識はなかつた旨主張して、その公判廷供述を引用し、前掲検察官に対する供述調書の内容の信用性を争う。

しかしながら、被告人渋谷は、公判廷においても、(ア)殖産住宅株が非常に人気があり、欲しい人も大変多いことは知つていた、(イ)上場始値は、一二五〇円よりも少しは上がるだろう、千七、八百円くらいいくんではなかろうかと、いろんな人の意見を聞いても千七、八百円という感じの人が多かつた、(ウ)公募株を買わせてもらうことが、多少利益につながつてもらわないと会社も困る、(エ)(割当てた趣旨は)何か特別してもらつたからというような特殊な意味のお礼じやなくて、一般的なお礼というような感じであつた(三四回)、(オ)一般的な仕事上でお世話になつたことに対するお礼の気持が差上げる本来の趣旨として当然あつた、株を持つてもらつて喜んでもらうというような感じだつた。(カ)倍上がるというところまでは自信はなかつた、当時はちようど株の爆発的人気のあつた時で(当時公開株式が下がるケースはほとんどないことはわかつていた)、殖産住宅は、上場始値についても前評判はよかつた(三五回)、(キ)当時株式新聞などもよく見ていたが、当時の株式市況は過熱ムードで上がつていつている時期で、新規公開株はほとんど全部寄付値が公開値を上廻つていた、殖産住宅株も時価発行価格より少しは高くなると当然思つていた(四二回)旨供述しているのであつて、婉曲にではあるが、値上りが確実であることを当時認識していた旨認めており、また(ク)(検察官に対する)調書には間違つたことは言つてないつもりでおります(三五回)旨の供述よりすれば前掲乙号証の記載内容も措信するに足ることは明らかである。そして、同被告人の公判廷供述(公判調書中の供述部分を含む)にみられる差益発生の予見を否定するが如き供述は、いずれも仔細にみれば、二五八〇という二倍以上に寄付くことまでは予測していなかつた旨の意味に過ぎないものであることが認められるので、具体的な差益幅までは認識していなくても、差益発生の事実さえ認識しておれば、利益性の認識に欠けることはないことよりすれば、被告人岡村、同高田に対する割当の趣旨を、何らかの利得を供与することを前提とするところの「謝礼」と考えていたこと(特別なお礼でないという供述は、相手方が受託収賄ないし加重収賄とならない趣旨を示すに過ぎない)と併せてむしろ公判廷供述も前記認定の証拠の一つとなるべきものである。

被告人加藤は、当公判廷における供述中で、(ア)岡村に対する割当にはお礼の気持なんか全然なかつた、利益を差上げるとは考えてなかつた旨供述しているのであるが、他方、(イ)昭和四七年当時自ら株式取引を二、三〇回くらいやつており、また親引株の割当を受け上場後売却して利益を得た、(ウ)当時は株式市場は非常に活気があり、株式投資は非常に有利な投資だという認識はあつた、(エ)岡村も有利な投資だと判断して割当方を申し出たと思う、(オ)ちようどこの時期はかなり株式市況は非常に活況で、公開株式は上場されると公開価格を上廻る傾向にあると承知していた、(カ)殖産住宅については公開前の新聞等でかなり優良会社だとの記事が出ていた、(キ)当時の上場会社は下がつてなかつたので、公開価格一二五〇円から下がるとは考えなかつた旨供述しているのであり、同被告人は、昭和四七年当時、公開株式も含めて株式取引を行なつており、当時公開株式の上場始値が確実に公開価格を上廻る状況にあつたことは知悉していたもので、ことに殖産住宅株については自ら殖産住宅内の上場プロジェクトチームの財務担当責任者として新規上場事務に関与し、上場後の株価動向にも関心をもち、上場前から業界新聞等を参照して、極めて優良会社として前評判の高かつたことを認識していたことが認められ、かかる事情からすれば殖産住宅株が上場後確実に値上りする旨認識していたものと認めることができるのである。同被告人の供述中に見られる値上りは予測できなかつた旨の供述は、前記被告人渋谷同様、上場後二五〇〇円をこえるような高値になるとは予測できなかつた旨の意を示すもので、値上りの事実自体を予測していたことを否定するものではないと解される。

被告人西端は、公判廷において、(ア)お礼とは考えてなかつた、(イ)確実に利益があがる儲かるものとは思つていなかつた(三九回)旨供述しているが、他面、(ウ)当時上場前の株は非常に評判がよく、殖産住宅株も評判がよく、上場後若干値上りすると言われていたので、公開価格より値上りすることはわかつていた(三四回)、(エ)社内的には、上場後は一七〇〇円か一八〇〇円くらいじやなかろうかという話はあつた、(オ)当時非常に株が熱狂時代であつた、(カ)公開株式を割当てることには、多少の利益は上げていただけるものを持つて行く意味が多少はあつた(三九回)旨供述していることに照らせば、同被告人も、昭和四七年当時、自ら株式取引をしていた経験をも併せて、株式市況が過熱状態で未上場公開株式は、いずれもその上場始値が公開価格を上廻る実績を示していたことは知悉していたこと、殖産住宅株は、その中でも上場前から、前評判が高く、相当値上りするものと予想されていた状況を認識していたことが認められるのである。そうだとすれば、特段の事由のない限り、殖産住宅株も当時の他の公開株式同様上場始値が公開価格より値上りすると考えるのが理の当然であり、しかも同株式は公開株式中でも一際前人気が高く評判がよかつたことよりすれば、当時一般に流れていた風評の如く相当程度値上りするものと意識していたと認められる。同被告人のそんなに期待されるほど今後伸びないんじやないかなと思つていた(三九回)旨の供述に代表される割当による利益性を否認する供述は、いずれも金銭等の贈与の如く外見上明示的な利益の供与でないという趣旨かあるいは具体的な上場始値までは予測できず、また実際の上場始値ほど値上りするとは思つていなかつたという趣旨に過ぎない。

被告人榎本は、公判廷においても、(ア)公開価格決定前でも上場始値において若干値上りすることはわかつていたし、九月一一日ころ内部で一七〇〇円から一八〇〇円位になるのではと話しあつた(三四回)、(イ)上場始値の方が公開価格より高くなるという期待をもつており、割当はそういうものを差上げるという気持であつた、(ウ)下がることは考えず、上るという確実性のあるものを差上げるということを考えた(三五回)、(エ)一七〇〇円から一八〇〇円位にはなるかなと想像していた(三九回)旨、供述しており、右公判廷供述からも殖産住宅株が上場後確実に値上りすると認識していたものと認めることができる。

最後に、被告人澤は、当公判廷において、公開価格二七〇円と連絡を受けた三月三〇日以降上場日の四月二三日まで依然として株式市場は下がり続けており、この二七〇円の価格が維持できるかどうか皆心配し、特に営業部では二七〇円で引受けてもらつたお客さんに迷惑がかからないかと言つてきていた旨供述するが、同被告人は取締役兼経理部長として日本電気硝子の新規上場のための同社内の事務手続における責任者的な立場についていたものであり、公開価格決定の経緯についても逐次報告を受け、公開価格が昭和四八年二月二六日から三月二四日までの類似会社の株価平均によつて決せられ、従つて同年二月二日の株価暴落以後の下降した株価に基づいており、暴落自体による影響は被らないものであるうえ、最終決定以前の算定公開価格より低く算出されており、ある程度株式市況の低落傾向を公開価格自体に反映させてその影響を吸収している事情を知悉していたものと認められるのみならず、その供述の如き状況にあれば、その地位に鑑み、当然に株式市況全体の動向とともに、他の公開株式の新規上場に際しての株価動向についても通常の場合以上に極めて注目し、注意を払つていたものと考えられるところであるから、同被告人自らその新規上場に伴う株価の動向を注目していたと供述する同年四月二日上場にかかる日本航空電子株がその上場始値において公開価格に対し1.33倍値上りしたことを筆頭に、同日上場にかかる他の一一社を始めとして二月二日以降四月二三日の自社株の上場以前に新規上場された公開株式が全て、上場始値において公開価格よりも1.1倍以上値上りしていた状況は十分に承知していたものと解され、以上によれば同被告人としては、二月二日暴落以降一般株式市況が下落を続ける中にあつても、依然として公開株式の上場始値がその公開価格を上廻る趨勢に変りはなかつたことを知悉していたもので、従つて日本電気硝子株も上場始値が、公開価格を確実に上廻るものと認識していたものと認めるのが相当である。さらに被告人澤は、その職業柄公開株式の株価動向に豊富な知識をもつとみられる被告人岡村が、二月二日に株式市況暴落の事実を知りながら二万一〇〇〇株もの大量の割当を要請し、さらに一般の株式市況が依然として低落傾向にあつた三月にはいつてから一〇〇〇株の割当増加を求めてきたことを当時聞知しており、同岡村もまた日本電気硝子株の上場時における差益の発生を確実視しているからこそ、かかる態度に出たものと解し、自己の前記認識を一層強くしたうえで被告人岡村に対して二万二〇〇〇株を割当て取得させたものと解される。被告人澤の公判廷における検察官に対する供述調書作成状況についての供述は、要するに、検察官に対して種々弁解しても聞き入れてもらえず、議論の末結局検察官の言う通りの調書となつたというのであるが、同被告人が供述していないことを検察官が勝手に調書化したとは供述しておらず、結局議論の結果自ら供述した内容を録取されたものと認められ、かかる調書の内容を知悉しながら署名指印した事情についての弁解も、何度違うと言つても聞き入れてもらえず、疲れてやむを得ず指印したというに止まつて具体性を欠き、同被告人に対する身体拘束期間は、記録によれば昭和四八年七月二日逮捕、同月四日勾留、同月一四日起訴、同月一八日保釈により身柄釈放と認められ、起訴前の逮捕・勾留日数は前後一三日間であり、その取調期間が長期に亘るものとは認められないのみならず、検察官による取調べが任意性を疑わせるほど長時間に亘つて行われた形跡も見当らず、現に同被告人が身柄拘束期間中に健康を害した事実も一切存しないこと並びに同被告人の社会的地位、認識能力等に照らせば、自分一人でなく相被告人岡村或いは会社の同僚、部下ひいては会社自体に影響を及ぼすことが明らかな供述内容について、しいて署名指印する必要がないにもかかわらずその意に反して署名指印するとは考え難いことに鑑みれば、直ちに首肯することはできない。また同被告人は、勾留質問の際岡村の親類縁者七名に割当てたと申し上げ、その通り調書を作成してもらつたところ検察官からひどく怒られ、「二年三年は出さない」とおどかされた旨、この点についてのみ、検察官の脅迫文言を具体的に供述しているが、右は同被告人の昭和四八年七月四日付勾留質問調書の記載内容に明白に反しており到底信用し難い。以上によれば、同被告人の公判廷供述における検察官に対する供述調書には同被告人の真意にそわない供述が記載された旨の弁解は、仔細に検討すれば当初の弁解を検察官に納得してもらえず、議論を重ねた末認めたところを録取化された旨の何ら供述調書の任意性・信用性を否定するに足らない取調状況、調書作成過程についての供述であるか、もしくは、具体性を欠き、客観的事実に反するところからにわかに措信し難い弁解のための弁解たる供述に過ぎず、その弁解を採用することはできない。同被告人の検察官に対する各供述調書は、上場始値の予想額等細部に食い違うところは別として、同被告人が値上りを認識していたこと自体を認める限度では一致しており、前述の事情にも合致するものとして信用性を有する。

以上各被告人について検討してきたところよりすれば、その弁解にもかかわらず、各被告人が、本件当時自社の公開株式が上場後確実に値上りすると認識していたことが認められ、その検察官に対する各供述調書も具体的な上場始値予想額の正確性についてまではともかく、かかる認識を有していたことを認める限度では十分信用するに値するものと認められる。よつて前記の所論は採用できないことが明らかである。

五具体的な差益の算定

ここで、これまで抽象的に述べて来た本件各公開株式の取得によつてもたらされる上場始値と公開価格との間の差益につき、具体的にその数額を算定してみることとする。まず、甲(一)9等から明らかな本件各公開株式の一株当りの上場始値及び公開価格、すなわち、(ア)殖産住宅二五八〇円−一二五〇円(上場始値−公開価格。以下同じ。)、(イ)日本電気硝子四三五円−二七〇円、(ウ)ミサワホーム八〇〇円−四八〇円、(エ)コクヨ七二〇円−四三〇円、(オ)ナショナル住宅建材七三五円−三六〇円、(カ)昭和化学工業二九五円−一六五円、(キ)オオバ六九〇円−二六〇円、(ク)旭ダイヤモンド工業八二〇−四七〇円によつて、各酩柄ごとの一株当りの差益を算出すれば、(ア)殖産住宅一三三〇円、(イ)日本電気硝子一六五円、(ウ)ミサワホーム三二〇円、(エ)コクヨ二九〇円、(オ)ナショナル住宅建材三七五円、(カ)昭和化学工業一三〇円、(キ)オオバ四三〇円、(ク)旭ダイヤモンド工業三五〇円となるから、これを被告人ごとの取得株式数に乗ずることによつて、被告人ごとの利益が算出される。

銘柄

一株当りの

被告人岡村

同高田

上場始値

公開価格

差益

取得株数

差益

取得株数

差益

(ア)殖産住宅

二、五八〇円

一、二五〇円

一、三三〇円

一〇、〇〇〇株

一、三三〇万円

五、〇〇〇株

一、〇〇〇株

六六五万円

一三三万円

(イ)日電硝子

四三五円

二七〇円

一六五円

二二、〇〇〇株

三六三万円

(ウ)ミサワホーム

八〇〇円

四八〇円

三二〇円

一、〇〇〇株

三二万円

(エ)コクヨ

七二〇円

四三〇円

二九〇円

一、〇〇〇株

二九万円

(オ)ナショナル住建

七三五円

三六〇円

三七五円

一、〇〇〇株

三七万五、〇〇〇円

(カ)昭和化学

二九五円

一六五円

一三〇円

一、〇〇〇株

一三万円

(キ)オオバ

六九〇円

二六〇円

四三〇円

一、〇〇〇株

四三万円

(ク)旭ダイヤモンド

八二〇円

四七〇円

三五〇円

一、〇〇〇株

三五万円

三二、〇〇〇株

一、六九三万円

一二、〇〇〇株

九八七万五、〇〇〇円

そこで、被告人岡村関係では、殖産住宅株について一万株取得したのであるから一三三〇万円(判示第一の一及び第三)、日本電気硝子株について二万二〇〇〇株取得したものであるから三六三万円(同第一の二及び第五)、被告人高田関係では殖産住宅株について五〇〇〇株取得したものであるから六六五万円(同第二の一及び第四)、以下の各公開株式はいずれも一〇〇〇株ずつ取得したものであるから、ミサワホーム株について三二万円(同第二の二)、コクヨ株に関して二九万(同第二の三、別紙番号1)、ナショナル住宅建材株に関して三七万五〇〇〇円(同第二の三、別紙番号2)、昭和化学工業株に関して一三万円(同第二の三、別紙番号3)、オオバ株に関して四三万円(同第二の三、別紙番号4)、殖産住宅株に関して一三三万円(同第二の三、別紙番号5)、旭ダイヤモンド工業株に関して三五万円(同第二の三、別紙番号6)が、それぞれの公開株式取得による利益と認められるのである。

第二本件贈収賄の実行行為及びその結果

一実行行為と結果発生との間の時間的離隔

1 贈収賄罪(証券取引法二〇三条条一項、三項違反の罪を含む。以下同じ。)における賄賂の「供与」又は「収受」とは、賄賂を現実に相手に受取らせること又はこれを受取ることを指称するところ、本件贈収賄の客体は、前示の如く、「本件各公開株式の上場始値と公開価格との差額に相当する利益」であるから、本件贈収賄罪の実行行為は、右差益を現実に授受する行為がこれに該ることとなる。ところで、右差益は、各公開株式が上場され、寄付いて上場始値が形成された時点において発生するものであるが、右差益発生の時点においては、贈収賄当事者間においては何らの具体的行為も存しない。しかし、これは、本件贈収賄の客体が有体的財物ではなく、二つの価格間の「差益」であるという特殊性に起因するものであるに過ぎない。すなわち、右「差益」の取得には、上場始値形成に先立つてあらかじめ公開価格で公開株式を取得しておくことが必要であり、かつ、これを以て足りるのである。蓋し、公開価格で公開株式を取得する機会は上場前を措いて他に無く、ひとたび上場前にこれを取得すれば、時の経過に従い上場時において上場始値が形成された時点において、何らの行為を要することなく、証券取引所の開設する株式市場においてこれと同額の取引価格を有する株式の保有者たる地位を有することとなるのであるから、この時点において前記「差益」を享受することとなるのである。従つて本件贈収賄当事者間における賄賂の授受行為は、上場前に公開価格で公開株式を取得させ、又はこれを取得すること、すなわち公開株式の割当、引受、払込に尽きるのであつて、その後における当該株式の新規上場、上場始値の形成、これによる差益の発生、株式売却による現実の利益取得等は、実行行為終了後における因果関係の進行、結果の発生及び事後行為であるに過ぎない。

2 被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本の各弁護人は、賄賂供与罪は、供与の時点における現実利益の授受を必要とするものであるのに、公開株式割当、引受払込の時点において差益等が発生した事実はないから、現実利益の授受を欠くものとして賄賂供与罪は不成立である旨主張する。賄賂供与、同収受罪成立のためには、現実利益の授受がなされることを要することは所論の如くであるとしても、贈収賄当事者間における授受に関する行為(授受行為から授受の結果を除いた意味に用いる。以下同じ。)がなされるその時点において、授受の対象となる利益が現存しなければならないか否かについては、一考を要するところである。蓋し、授受の対象となる利益が有体物であるような通常の場合においては、授受の時点でその対象となる利益が現存しないときは授受そのものが物理的に不可能であるとも言い得るのに反し、授受の対象となる利益が本件のような特殊な「差益」であるときは、必ずしもそうは言い切れないからである。すなわち、繰返し述べる如く、本件差益は、贈収賄当事者間におけるその授受に関する行為(割当、引受払込)が完了した時点においては確かに現存してはいないけれども、その後当事者間における何らの行為をまつことなく、時日の経過により上場始値が形成された時点で確実に発生するのである。換言すれば、当事者間における授受に関する行為と授受の結果発生とが、相当因果関係を保ちつつ、時間的に離隔しているに過ぎないのである。

有体物の授受の場合の如く、当事者間の授受に関する行為と授受の結果発生とが殆ど同時である場合であつても、観念的にはなおこれらを別個に考察することが可能であることからすれば、逆に、偶々両者の間に相当な時間的離隔があつたとしても、その離隔そのものに格段の意味がないならば、両者を一体として考察し、授受行為の時点における現実利益の存在を肯認することすら、あながち不可能とは言い切れない。

右のような見解を採らず、時間的離隔の存在に相応の評価を与えるとしても、その存在は賄賂供与、同収受罪の成立に何らの影響を及ぼすものではない。すなわち、通常の場合に授受行為の時点で授受の対象となる利益の存在が要求されるのは、それなくしては、授受行為が授受行為として成り立たない、換言すれば、賄賂の要求や約束としての評価を受けることはあつても、供与又は収受としての行為定型に当てはまらないこととなるからにほかならない。そうだとすれば、たとえ当事者間の授受に関する行為がなされた時点においてその対象となる利益が現存しない場合であつても、それが将来発生することが確実であり、かつ当該授受に関する行為によつて、右将来の利益を贈賄側当事者から収賄側当事者に確定的に移転することが可能であるような特段の事情の存するときは、当該授受に関する行為を賄賂供与、同収受罪における実行行為に該るものと解して差し支えないこととなる。以上を要するに、結果犯において、実行行為の終了と結果の発生との間に時間的離隔を生ずることがあることは別段異とするに足りないところであるから、その時間的離隔によつて実行行為が実行行為としての定型性を失うに至るか否かのみが問題となり得るのであり、右のような特段の事情のあるとき(すなわち、授受の対象とされる利益が、授受に関する行為のなされる時点において授受となし得る程度に管理可能であるとき)は、その定型性は失われないのである。

これを本件について見るに、本件「差益」の発生は、本件各公開株式の公開価格による割当、引受払込の時点において確実に見込み得るものであり、かつ、右時点において、右将来の利益は、割当、引受払込の行為によつて贈収賄当事者間の移転が完全に可能なのであるから、右行為を賄賂供与、同収受罪の実行行為に該るものと解して妨げないものと言うべきである(割当、引受払込の時点における見込の確実性の点から言えば、この時点において一種の期待権が発生しており、その期待権が授受の対象とも見られなくはないが、さきに見た如く、本件贈収賄当事者の認識としても、単なる期待権ではなく、上場始値形成時における現実の差益の授受を意図していたものであることが明らかである。)。そして、実行行為は、割当、引受払込の行為によつて完了するから、後日上場始値が公開価格と同額か、あるいはこれを下廻るといつた不測の事態を生じたときには、実行行為終了後における結果不発生(終了未遂)の一場合として取扱えば足りることとなる(未遂罪処罰規定を欠くため、申込、要求、約束に当ることあるは格別、供与、収受罪としては犯罪不成立)。

二賄賂供与行為――親引株の割当

1 叙上のとおり、本件における賄賂供与行為は、公開価格で本件各公開株式を公務員又はこれに準ずる者である被告人岡村、同高田に取得させることであり、具体的には、右被告人両名に対する「親引株」の割当によつて実行されるものである。

右「親引株」の割当は、公開会社において、取扱証券会社に対し、公開株式の割当先を指定してこれをなすのであつて、取扱証券会社は、右指定に基づき、指定先の法人又は個人に対し新規発行株式の取得の申込の勧誘(公募公開の場合)又は売出株式の買付の申込の勧誘(売出公開の場合)をなし、相手方は、右勧誘に応じ、取扱証券会社に対し、右株式の取得又は買付の申込の意思表示をなし(取扱証券会社による前記勧誘中には、これらの申込に対する承諾の意思表示もあらかじめ含まれているものと解される。)、公開価格を払込むことによつて、株式引受人たる地位(権利株)を取得するのである。

本件贈賄側当事者は、いずれも公開会社の幹部として、収賄側当事者である被告人岡村、同高田に対し親引株の割当をなしたものであるが、前掲各証拠によれば、本件各犯行当時、右親引制度は、新規上場の際の慣行として一般に許容、実行されていたものであつて、取扱証券会社は、公開会社の指定に従い、指定先への公開株式の割当手続を忠実に実行しており、指定先が引受を拒絶しない限り、指定先において確実に公開株式の割当を受けてこれを取得していたことが認められる。

そして、公開会社による親引株の指定が取扱証券会社において忠実に実行されるという事情は、発行会社が募集手続を取扱証券会社に委託してなす直接募集の場合であると、本件における如く、取扱証券会社が引受けて募集を行なう間接募集の場合であるとによつて、何ら異るところがないのである。そうだとすれば、公開会社による親引株の割当という行為は、取扱証券会社を手足的な機関として利用することにより、指定先による公開株式の取得という結果を確実にもたらすものであるから、これ自体を以て、指定先に公開株式を取得させる行為に当るものと評価し得る。

2 被告人澤の弁護人は、親引株の割当は、単に取扱証券会社に買付の申込の勧誘先を指定する行為に過ぎない旨主張するが、既に前記1で詳細説示した如く、右指定は、何ら独自の意思を介入させることなく公開会社の手足的機関としてこれを実施に移す取扱証券会社によつて確実に執行されるものである以上、所論の理由ないことは明らかであるのみならず、前掲各証拠によつて、本件における親引株割当の実施状況を観察すれば、(ア)被告人岡村、同高田に対する殖産住宅株式の割当に際しては、両名に対する親引株の割当方の連絡、引受る旨の意思表示の受領、株式代金払込の受領及び株券の交付等そのすべてに亘つて、被告人岡村については被告人加藤、被告人高田については被告人西端があたつており、この間実際上取扱証券会社の関係者は一切介在、関与しておらず、(イ)被告人岡村に対する日本電気硝子株の割当に際しても、右同様、割当方の連絡、引受意思の受領、払込代金の受領、取扱証券会社への払込及び株券の交付等その全般に亘つて、被告人澤と共謀し、あるいはその指示を受けた日本電気硝子社員がすべて取運んでいるものであつて、これまた、この間に大和証券等取扱証券会社関係者は何ら関与していないことが明らかであり、かかる実際の割当事務の遂行状況、公開株式の取得に至る経緯より見ても、公開会社関係者たる被告人らが親引株の割当という行為によつて被告人岡村、同高田に当該公開株式を取得させたものと認めることができるのである。

3 次に、被告人加藤、同澤の各弁護人は、親引株割当は、公開会社が取扱証券会社に公開株式の売先を指定することで、それによつてすべての行為は完了し、それ自体では何らの具体的権利、義務も発生しない旨主張する。しかしながら、割当行為は前述の如く相手方の引受さえあれば相手方に公開株式を取得させる行為と認められるところ、割当行為自体それのみによつては、相手方に公開株式取得の結果を発生させないことは所論の如くであるとしても、賄賂供与罪はその成立に相手方の賄賂を収受する行為を必要とするところの、賄賂収受罪と必要的共犯の関係に立つ犯罪であるから、贈賄者側の行為のみで公開株式取得の結果が発生しないことは当然であつて、親引株の割当行為をなすことにより、これに対応した相手方の引受、払込行為(収受行為にあたる。)によつて、公開株式を相手方に取得させる結果となること及び右公開株式取得と上場開始時における差益取得という結果との間には、前記第一の説示から明らかなとおり相当因果関係が認められることからすれば、本件における賄賂供与行為としては親引株の割当で十分である。

三賄賂収受行為――引受及び払込

次に賄賂収受行為は、前記二の説示より明らかなとおり、親引株(被告人高田に対する証券会社割当分については一般公募株)の割当を受け、これに対応してその株数を引受け、相応する公開価格を払込むことに求められる。蓋し、公開価格払込により公開株式の引受人たる地位(権利株)を確定的に取得するものと認められるからである。

なお、殖産住宅親引株分についてのみは、取扱証券会社に対する株式代金の払込ではなく殖産住宅役員への株式代金支払によつて、収受行為を捉えているのであるが、これは前掲各関係証拠より明らかなとおり、殖産住宅は親引株について、引受人が直接取扱証券会社へ株式代金払込手続をなすことなく、一たん榎本辰男名義の指定銀行口座へ振込ませ、それを殖産住宅が一括して取扱証券会社たる野村証券へ振込むという手続をとつていたことから、殖産住宅役員たる被告人加藤、同西端へ株式代金を支払うことにより確定的に公開株式を取得しうる地位に立つものと解されることによる。

もつとも、被告人岡村関係では、同社公開株式中二〇〇〇株分二五〇万円については、現実の株式代金支払が遅延しているものの、これは殖産住宅からの親引株であること及び最終的には前記のとおり殖産住宅が各引受人を代行して、取扱証券会社へ代金払込をするものとなつていたこと等の諸事情に鑑みれば、殖産住宅における上場プロジェクトチームの統括責任者たる被告人渋谷の承諾の下に同社役員たる被告人加藤から立替払の確約を受けることにより、その時点で右二〇〇〇株についても確定的にその公開株式を取得したものとみなしうるのである。

さらに、判示罪となるべき事実第一の二については、日本電気硝子東京支社課長増田昌弘、同第二の二についてはミサワホーム社員、同第二の三別紙番号1については高田多基子がそれぞれ被告人岡村あるいは同高田に代わつて払込手続を行なつているが、右はいずれも当該被告人の指示の下に、あるいはその意図を受けて、当該被告人の機関として当該被告人のために払込手続をなしているに過ぎないものであつて、当該被告人は、右三名の者をそれぞれ自己の手足として払込手続に利用しているものと解するのが相当である。

四結語――本件贈収賄の構造

叙上の如く、本件における具体的な賄賂供与行為は、親引株の割当をなし、相手方の引受、払込行為をまつて、相手方に公開株式を取得させること、賄賂収受行為は、右割当を受けて、これに対応してその公開株式の引受をなし、株式代金を払込むことであり、かかる双方当事者の実行行為によつて収賄者側は公開株式の引受人たる地位を取得し、上場後上場始値が形成された時点で、上場始値相当の価値を有する株式を取得していることとなる結果、その取得のために負担した公開価格との差額相当の利益を贈賄者より受領したこととなり、他方贈賄者側はその時点で収賄者に右差益を受け取らせたこととなるのである。

右の如き当裁判所認定の犯罪事実の構成は、検察官主張にかかる訴因のそれとの間に若干変動を来たすものであるが、具体的実行行為については、その日時、場所等事実関係に何ら重要な変更がなく、ただ結果発生が上場始値形成まで延びることを明確化したに止まり、取得利益の明示よりすれば起訴状自体からも結果発生が上場始値形成時である趣旨が窺われること、各弁護人も結果発生の点に関して上場始値の時点まで考慮に入れた主張を展開していることからすればこの程度の食い違いでは何ら被告人の防禦の利益を害するものとは解されず、未だ訴因変更の要を見ないことは明らかであろう。

第三差益の取得と被告人岡村、同高田の職務行為との関連性

各弁護人は、それぞれ本件各公開株式の被告人岡村あるいは同高田への割当及びその引受は、右両被告人の職務行為に関してなされたものではない旨主張する。

そして、その理由として、(一)被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本の各弁護人は、殖産住宅株の(ア)東証への上場審査の過程で、上場承認の支障となるような問題点が生じたことは全くなく、殖産住宅自身がその財務内容、将来性等において上場審査基準を十分に充たしていたため、スムーズに上場承認が得られたもので、その過程において被告人高田を含む東証の審査担当者から好意的な取計いを受ける必要性は毫もなく、またその事実もないし、(イ)大蔵省企業財務課における有価証券届出書(以下「届出書」ともいう。)等の審査過程においても、同届出書は既に東証に提出した有価証券報告書の抄録的なものであるゆえ、殖産住宅においては従来より公認会計士の監査を受けて財務諸表の作成を行なつてきており、届出書の作成についても公認会計士及び野村証券関係者の指導を受けていたことから、その作成提出には何ら困難は生じなかつたうえ、その記載内容についても企業内容の優秀性を反映して何ら問題はなく、届出書等の審査について被告人岡村の好意的な取計いを必要とする事情は全く存せず、また同被告人よりなされた「指導」も経理上の常識の域を出ず、野村証券の青木民男らから提出された「有価証券届出書関係要覧」等の作成手引に明示されているもので、いずれも指導ないし注意という程のものではなく、好意的取計いを受けたというに当らないことを挙げ、(ウ)一定の利益供与が適法な職務行為の対価と認められるためには、職務執行上何らかの意味で通常と異る好意的取計いとか格別の配慮とかの存することが必要と解されるところ、かかる事情を全く窺い得ない本件においては、殖産住宅の公開株式の割当と被告人岡村、同高田の職務行為との間の関連性は認められない旨主張する。(二)また、被告人澤の弁護人は、日本電気硝子の届出書等の審査にあたつて、被告人岡村は、(ア)窓口における予備的審査を行なうに過ぎず、最終的決裁権限を有する者でもないから、その審査に当つて何らかの裁量権限があつたり、手心を加えたりする余地はなく、(イ)審査官として当然なすべき職務をその権限と義務の範囲で行なつたに過ぎず、そもそも届出書等は、法規上明確に認められる一定の記載要件を充たせば足りるものであることからしても、その審査過程で特別の便宜を図つたり、好意的取計いをした事実は全くない旨主張する。(三)また、被告人高田の弁護人は、(ア)同被告人が所属していた東証上場部事務局は、役員会の審議に必要な調査資料を作成するのみで審議権は一切なく、東証の機構上同被告人の恣意をはさむ余地、特段の配慮、便益を与えうるような余地は全くないもので、検察官指摘にかかる本件各場合に上場申請に対して生じた問題点は、いずれも各公開会社についての特別な問題点ではなく、上場申請承認の手続の過程において、従前から東証の審査基準として実施されていた方針に基づいて処理されたものに過ぎないのみならず同被告人が中心的立場に立つて判断を下したものでもなく、(イ)また上場申請会社あるいは証券会社関係者に対して、上場申請手続に関して親切に助言、指導することは、東証の職員として当然なすべき責務であり、結局公開株式の割当を受けた本件各場合に、これを受けなかつた場合以上に、あるいは割当をしなかつた証券会社に対する以上に、特段の配慮、便益を与えうることは不可能であつて、実際上もそのような事実は全くなかつたところ、(ウ)公務員に対する贈答も、儀礼的挨拶の限度を超えて、当該公務員の職務について、他の者に対するより以上の特段の配慮、便益を期待する意図があつたとの疑惑を抱かせる特段の事情の認められない場合には、その贈答をもつて直ちに当該公務員の職務行為そのものに関する対価的給付とはならない(最高裁判所昭和五〇年四月二四日第一小法廷判決、判例時報七七四号一二〇頁参照。)のであるから、本件各公開株式の割当は、それによつて特段の配慮、便益を期待する意図がなく、職務行為そのものに関する対価的給付として行なわれたものではない旨主張する。(四)さらに、被告人岡村の弁護人は、(ア)大蔵省証券局企業財務課における届出書等の審査手続の系統的構成上、その審査にあたつては何段階にも亘つてチェックがなされる機構となつているうえ、審査内容についても証券取引法以下省令、通達等審査事務の細部に至るまで詳細な基準が定められ、審査担当官は、これに従つて審査事務を遂行しなければならないこととされており、審査事務の過程で審査担当官が特別に好意ある取計いをする余地は全く存在しないのみならず、(イ)被告人岡村は、殖産住宅及び日本電気硝子の届出書等の審査にあたつては、一般の届出書類等と同様に、詳細に定められた審査基準に基づいて、職務上当然に行なわなければならない審査事務を遂行したに過ぎず、その審査過程において何ら特別な好意ある取計いはしていない旨主張する。

しかしながら、賄賂罪が、単に公務員の職務執行の公正のみに止らず、職務行為の公正に対する社会一般の信頼をも保護しようとするものであることに鑑みれば、正当な職務行為に関しても賄賂罪が成立することは明らかであり、また、「賄賂」概念それ自体(職務行為の対価としての不法の利益)の中に職務行為との対価関係が内包されているとは言え、その関係は一般的に存すれば足り、個々の職務行為との間に存する必要はない(最高裁判所昭和三三年九月三〇日第三小法廷決定、刑集一二巻一三号三一八〇頁等)ことは、刑法一九七条一項(証券取引法二〇三条一項も同じ。)の規定の文言及び加重収賄罪(刑法一九七条の三の一、二項)の規定との対比から明らかなところである。従つて、本件利益の授受が本件各公開会社の有価証券届出書等の審査あるいは本件各公開株式についての上場審査という「職務行為に関して」なされたものである以上、各弁護人主張の如く(右(一)(ア)(イ)、(二)(イ)、(三)(イ)、(四)(イ)の各所論)、右審査過程において「特段の好意的取計い」がなされなかつたとしても、そのことの故に単純贈収賄罪の成立が否定されるべきいわれはない(不正に好意的取計いがなされ、賄賂の授受がこれと対価関係に立つときは、加重収賄罪の成立を見ることとなる。)。以上の説示から明らかなように、被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本の各弁護人の所論中(一)(ウ)の点は、所論「好意的取計い」ないし「格別の配慮」という個々の職務上の行為と不法な利益との間の対価関係の存在を要求するものであつて、独自の見解と評するほかなく、採るを得ない。

また、ここにいう「職務」とは、公務員等がその地位に伴い公務として取扱うべき一切の執務を指称するものであるから、独立した権限を有するのではなく、上司の指揮の下にその命を受けてその事務を取扱うものであつたとしてもこれに含まれると解すべきであり(最高裁判所昭和二八年一〇月二七日第三小法廷判決、刑集七巻一〇号一九七一頁等)、被告人澤、同高田、同岡村の各弁護人の所論(右(二)(ア)、(三)(ア)、(四)(ア))は、これと異る解釈に立つものであつて、採用の限りでない。

最後に、被告人高田の弁護人の所論中右(三)(ウ)の点が、その前提とするところの判例は、中学校教諭が、その担任することとなつた生徒の父兄から額面五〇〇〇円の贈答用小切手の贈与を受けた事例に関するものであつて、本件とは全く具体的事案を異にするのみならず、かねてから教員に対する季節の贈答や学年初めの挨拶が慣行となつていたこと、教員という公務の性質、教員とその生徒の父兄という当事者間の関係、供与された利益の額等の諸事情を総合考慮したうえで、教育指導につき他の生徒に対するより以上の特段の配慮、便益を期待する意図の存在が認められないため、右小切手の供与が父兄からの慣行的社交儀礼として行なわれたものと考える余地も存するとしているものであるから、教員という公務の地位、性質における特殊性にその判断の重要な要素が存するものと考えられ、直ちにその判断を一般化することは相当とは思われない。他方、本件は、届出書等の審査あるいは上場承認申請の審査という、公益及び一般投資家等第三者の利益保護を目的として設けられた開示制度の一環でその性質上最も公正かつ厳格に執行されねばならない審査手続過程において折衝をもつた審査側と被審査側との対立する当事者間における利益の供与であつて、本来的に子女の教育指導という目的を通じて相互に密接な信頼関係を有しあうべき教員とその生徒の父兄との関係とは全く異つた関係に立つものであるのみならず、教員に対するその生徒の父兄から贈答の如く今日の一般社会意識において一定限度内で慣習的に承認されている慣行的社交儀礼の存在自体不明確で、またその利益の価額も前記判例の事例と比較して極めて大きいのであるから、特段の配慮、便益を期待する意図があつたとの疑惑を抱かせる特段の事情が認められなくとも、少なくとも職務の公正に対する社会一般の信頼を害するおそれは十分に認められるのであつて、所論は前提を欠くものとして排斥を免れない。

叙上の如く、本件において、収賄者たる被告人岡村、同高田が、その地位に伴い取扱うべき一切の職務につき、その職務行為に対して本件各公開株式が割当てられ、これを買受けたことが明らかとなれば、特段の好意的取計い等の存在を顧慮しなくても、職務行為との関連性を肯認するに十分である。そこで前記関係各証拠によれば、被告人岡村は、大蔵省証券監査官の地位にあり、その公務として担当する届出書等の審査事務の一環として、殖産住宅及び日本電気硝子の届出書等の審査事務を担当執行したことが明らかであり、また被告人高田についても、東証証券部証券審査課長あるいは上場部次長等の職にあり、その職務として証券審査課、機構改正後は上場部上場審査課の所掌事務としての上場承認申請審査に関する事務を担当執行し、その一環として判示罪となるべき事実第二記載の各新規上場会社に関する上場審査事務にあたつたことが明らかであつて、いずれも各弁護人があえて争わないところである。さらに、東証上場部の職員としては、上場申請会社に対しては、その株式上場について順調に行くように親切に上場手続を指導、取扱うことも、その職務上なすべき当然の責務であつて、従つて上場申請会社を指導、補助しつつ実質的に自ら上場申請手続にあたる各引受証券会社株式引受部職員に対して、日頃上場申請手続の関係での質問に答え、相談に応じ、あるいは助言、指導することも、その職務の一端と解されるべきところ、被告人高田が、日常東証上場部へ出入りする各証券会社株式引受部の職員から、公認会計士の資格を取得するなど高い会計学的な識見、力量を有し、かつ上場審査について長年の豊富な経験を持ち、上場申請手続、審査基準等の詳細に詳しく的確な判断力と指導力を持つ実力者として、上場部における上場審査に関する実質上の中心人物と目されていたため、上場承認申請、その審査等に関して、しばしば質問を受け、意見を求められるなど相談を持ちかけられる関係上、右職員らに日常上場申請手続一般について助言、指導を度々行なつていたことも、証人山本雄一(一六回)、同木下誠男(一六回)(以上大和証券。)、同松沢助次郎(一七回)、同水野貞雄(一八回)、同長谷川隆(一九、二〇回)(以上山一証券。)、同元岡達治(二一回)、同横道唯人(二一回)(以上新日本証券。)、同田喜光(二三回)、同石原正平(二五回)、同金井哲夫(二五回)(以上日興証券。)の各公判調書中の供述より明らかに認められるところである。

他方、各被告人の公判廷供述(公判調書中の供述を含む。以下同じ。)及び検察官に対する供述調書によれば、被告人岡村は、右届出書等の審査担当となるまで殖産住宅とは従来全く関係を持たず、被告人渋谷、同加藤とも昭和四七年六月ころ、右届出書等の審査に関して大蔵省において挨拶を受けたのが初対面で従前全く面識がなく、本件届出書等の審査を通して初めて殖産住宅及び被告人渋谷、同加藤と関わり合いを持つたこと並びにその後の接触も単なる接待及び公開株式割当関係を除けば審査関係での数回に止まることが明らかであつて、他に届出書等の審査と無関係な日常生活面における両者の接触、つながりは、本件全証拠によつても一切認められない。これは日本電気硝子及び被告人澤をはじめとする同社関係者についても同様である。また、被告人高田についても、その公開株式の割当を受けた本件各新規上場会社との関係では、殖産住宅を除き同様であり、殖産住宅については従前自宅を同社において建築した経緯が窺われるが、これが本件殖産住宅株の割当の原因をなすものではなく、その間に何ら直接の関係がないことは、被告人高田、同渋谷、同西端、同榎本の各公判廷供述によつて優に認められるところで、現に被告人高田への公開株式割当を発案した被告人榎本の如きは、当時、被告人高田が、殖産住宅で自宅を建築したこと自体知らなかつた(三九回)旨明言しているのである。さらに、各証券会社及びその株式引受職員との関係も、上場承認申請の審査手続ないしそれに関する一般的な諸問題についての質問、相談の過程での接触に限られることが、前掲各証券会社社員の各証言並びに被告人高田の公判廷供述及び検察官に対する各供述調書より認められる。

そうだとすれば、既に公開株式の割当先について説示したことから明らかなとおり、本来公開会社あるいは取扱証券会社においてその利益性及びそこから来る需要の供給に対する圧倒的な量的優位に基づく入手困難性を背景に、安定株主工作ないし営業政策等の目的に則つて、その目的にそつた限られた範囲に対してのみ割当てる公開株式を、届出書等の審査あるいは上場審査を通じての交渉以外に何ら関わりをもたず、割当株数、社会的地位、職種、資力等からみて前記割当目的にそうものとは認め難い被告人岡村、同高田に対して割当てた所以のものは、右割当をなした会社関係での上場に関する審査事務(被告人高田については証券会社株式引受部職員への一般的な助言、指導を含めた意味でのそれである。)に従事したこととの関連においてしか理解できない。他に、本件各公開株式の割当についての合理的な理由は、証拠上認められない。なお、被告人高田、同渋谷、同西端、同榎本の各弁護人が割当の理由として主張する東証上場部職員への公開株式割当の慣習についての所論は、かかる慣習の存在自体の違法性はひとまず論外とするとしても、所論慣習に基づく割当先は、後記第六において詳論する如く、東証全役職員に及ぶものではなく、上場審査手続に関与しうる地位にある関係者に限られており、そのことよりすれば右は上場審査の対価としての公開株式割当が慣習化したと主張するものに過ぎないのであつて、かかる慣習に基づく公開株式の割当だからといつて職務行為との関連性を否定しうるものではなく、むしろその関連性を積極的に裏付けるものとなるのである。

以上、本件各割当がなされた経緯、その理由についての考察によりすれば、本件各公開株式の割当、買受が、被告人岡村、同高田の職務行為に対してなされたものであつて、職務行為との関連性を肯認することができるのである。

第四日本電気硝子株式の割当先

被告人澤の弁護人は、同被告人は、日本電気硝子株二万二〇〇〇株を飯島勇外六名に取得させる意思で右七名に売先指定したもので、被告人岡村に対して同株式を取得させようとしたものではなく、同被告人に利益を供与する犯意を欠く旨主張する。ところで被告人岡村は、この点につき自ら右公開株式二万二〇〇〇株の割当を受けて取得したことを認めて争わないところ、所論は、その理由として証人坂本正利(一〇、一三回)、同桐澤昇(一〇、一三回)、同増田昌弘(一一、一三回)の各公判調書中の供述を援用するほか、被告人岡村(三六、四〇、四四回)と同澤(四三回)の各公判廷供述が、昭和四七年二月二日、割烹「金兵衛」における両被告人の会談の際、被告人岡村からの申出が同被告人自らが公開株式を買うものと言わず、その親類縁者七名に割当ててもらいたい旨の依頼であつたことについて概ね一致していることを挙げ、かかる依頼文言の内容さらに被告人岡村の社会的地位、年令及び自宅用土地購入に際して借金までしていると聞いていたことから考えて一人で二万株以上の株式を購入する程の資金を持つているとは考えられなかつたこと並びにわざわざ岡村規矩雄から保延輝男に名義人を変更している経緯等に照らし、当時被告人澤らは被告人岡村一人にでなくその紹介にかかる七名の者に対して親引株の売先指定をする旨の認識に立つていたものと論じ、他方、これに反する前記証人、被告人の検察官に対する各供述調書の信用性を否定する。

そこで先ず、昭和四八年二月二日「金兵衛」における被告人岡村からの公開株式二万一〇〇〇株割当方申込の際の状況について、同被告人及び被告人澤の各公判廷供述を検討するに、被告人澤は、所論のとおり、岡村から「お宅の会社の株を分けてやつていただけないか、僕の親類縁者七人が三〇〇〇株ずつ合計二万一〇〇〇株分けていただきたいと言つているので何とか分けてやつていただけないか」と言われたので、岡村の親類縁者七人が株を分けてもらつてほしがつていると思い、大蔵省のお役人の親類なら当社の株主になつてもらうのにふさわしいと思つたが、「株の枠の有無がわからないので、帰つて調べて相談したうえで返事する」と答えた。その際岡村は七名の住所氏名を書いて渡してくれ、「七名に連絡いただくのはお手数だから、これがまとめ役をするよ」と言つて、岡村芳枝の氏名を指示したので同女の所に二重丸をつけた旨供述しているが、他方被告人岡村は、澤に「売出株式を引受けたい、私がということでなくて、七人の名義で引受けたいけど、もし割当ていただければ一人三〇〇〇株ずついかがですか」と頼んだ、「七人の名義でもつて割当していただければ引受けたい」と言つた(三六回)、結局自分が引受けるということなのだが、自分の名を出すと公務員故内心忸怩たるものがあつて親戚の名前を使つてしまつた、株の割当を「私自身の名ではなくて、自分と関係ある親類縁者の者七人の名前で引受けたい」、「七人の名義でほしい」、「七人の名前で割当てていただけるなら割当ててほしい」と頼んだ、「もし割当てていただけるならこの名前でもらいたい」と七人の住所氏名を書いたが、一人一人の関係は説明しなかつた(四〇回)、澤に「七人の名義で割当ててほしい」と話した、紙に七人の名前を書いて「この人達の名前で申込みたい、割当ててもらいたい」と言つた(四四回)旨繰返し供述しており、結局、終始一貫して親類縁者七人の名前で申込み、この七人の名義で割当ててほしい旨依頼したと供述するに止まり、実際には被告人岡村自身がこれを取得する意向であることまでは告げていない旨供述する一方において、単なる名義上だけでなく、実際上も七人が買うものであることを明確に告げた旨の供述も見当らないのである。この点、被告人澤の弁護人は、被告人岡村の右供述について、その三六回、四〇回の公判廷供述は、被告人澤より前に供述されたもので、同被告人の供述内容を意識したものではあり得ないし、「七人の名前(名義)で割当てていただきたい」と旨の表現は、実質的に、被告人澤の「七人に分けてやつていただきたい」旨依頼されたとの供述とその趣旨において同一視できるし、同被告人がそう理解したのも当然である旨主張する。しかしながら、同被告人は既に第一回公判において被告人岡村の依頼で大和証券に対し、飯島勇外六名に二万二〇〇〇株を売渡すよう指示した旨供述しており、これに被告人岡村がその公判廷供述において度々洩らしているところの、「澤さんには非常に迷惑をかけて申訳ないと思つている」、「結果的に澤さんを非常に傷つけてしまつて申訳なく思つている」等の口吻から窺われる被告人岡村の同澤に対する心情を考え併せると、被告人澤が極力否認している割当先の問題について、被告人岡村があえて被告人澤の主張と真向から相反する内容をその面前で(被告人岡村の公判廷供述はいずれも被告人澤の面前でなされたことが、記録上明らかである。)供述しにくい状況にあつたことは想像に難くない。しかも、かかる状況にあつたにもかかわらず、被告人澤の前記供述を自ら聞いた後の、第四四回公判においても、被告人澤の弁解について、「澤さんとしては七名の名義に割当てると理解したのでは」とその弁解にそうかの如き供述をしながらも、事実関係については澤に対し端的に「七人に割当ててもらいたい」と頼んだとは供述せず、従前どおり、「七人の名前(名義)で割当ててほしい」と頼んだ旨の供述をなすに止まり、被告人澤の供述と食い違つたままなのである。そうだとすれば、被告人岡村の右供述は、言葉としては「七人の名義で」と依頼したと述べる部分に関する限り、極めて信用性の高いものであると認められるところ、本来、実際に七人に割当ててもらいたいと依頼したのであれば、ことさらに「七人の名義で」などと言わず、簡明に「七人に」割当ててほしいと告げるはずであるにもかかわらず、依頼した当人の被告人岡村が「七人の名義で」と依頼したに止まる旨一貫して供述している以上、これに反する被告人澤の供述は信用できない。むしろ、通常「七人に」と言うべきところをあえて「七人の名義で」と言つたこと、株式引受においては実際の引受人と名義人との相違がしばしば存すること、親類縁者七名もが、未だ上場のための届出書も提出されていない段階で一斉に引受希望をなすこと自体そもそも異常なことであるうえ、被告人岡村は、割当方依頼のためだけに、わざわざ澤を呼出しておきながらそれを取次ぐに止まり自分のことは一言も言つてないことなどからすれば、かかる依頼文言を受けた被告人澤としても、実際には被告人岡村が全株引受けるものであつて、単に形式的に名義のみを七名に分散させる趣旨であると暗に了解したものと考えるのが相当である。さらに翻えつて考えるに、前述の如く会社の親引株割当方針にそつた極く限られた範囲にのみ割当がなされ、しかも押77によれば個人については一〇〇〇株程度の割当が多い公開株式を、会社と全く無関係の者に対して、単に被告人岡村の親類縁者ということのみで、その各人についてその社会的地位、人物、資力等はもちろん同被告人との関係をも聞かないまま、一人三〇〇〇株あて合計二万一〇〇〇株、後には二万二〇〇〇株も割当るなどということは到底考えられないものであるところ、被告人澤らはこの点につき、単に大蔵省の役人の親戚なら株主としてふさわしいと考えたと供述するだけで何ら合理的な説明をなし得ないものであつて、現に右事例の如く、当初予定していた割当先に代わつてその親類等に割当てた事例が他には存しないことをも考え併せると、被告人澤らは親類縁者七人とはいうものの、それは単に形式的な名義上のものに過ぎず、実際には被告人岡村自身が引受けることを知悉していたからこそ、その要請に応じ、同被告人に対して割当てる意図で、最終的には二万二〇〇〇株を割当てたものと解するのが相当である。このことは、前掲各証拠より認められる、当初の被告人岡村の依頼では岡村芳枝を連絡先とする旨の指示があつたにもかかわらず、その後被告人澤の指示を受けた桐澤ら日本電気硝子関係者が、割当の返事、代金払込方法等に関して、七名分を一括して、すべて被告人岡村一人に対してのみ連絡、折衝していること、第一次親引株割当リストには同被告人に対する三〇〇〇株の割当が予定されていたところ、昭和四八年二月二日料亭「金兵衛」における会談及びそれ以後二万一〇〇〇株分の株式割当については再三同被告人との間で連絡がとられているにもかかわらず、その間日本電気硝子側から何ら被告人岡村に対して三〇〇〇株を割当る旨の折衝がなされないままに、右二万一〇〇〇株の割当決定と入れ替わる形で以後の親引株割当先リストから削除されていること、名義人中には奈良県在住者まで含まれているにもかかわらず、株式代金払込が一括して被告人岡村の手でなされており、株券も同被告人の希望により上場当日に同被告人が一括して受領しているにもかかわらず、この間右手続等の連絡、処理にあたつた日本電気硝子の被告人澤、桐澤らにおいてかかる事態を何ら異とすることなく、名義人各自に対する連絡、その意向の問い合わせ等を一度もしていないこと、保延輝男への名義変更の連絡がなされた際も桐澤らは何らその理由を聞かず(被告人岡村四〇回)、却つて上場当日に二万二〇〇〇株分の株券を一括して受領したい旨の被告人岡村の要請に応えるため、奈良県在住の飯島厳に関して買受名義を変更するように進言し、任せると言われて桐澤自ら右被告人と何ら関係のない山崎恒夫名義に変更している経緯に照らして、日本電気硝子関係者としても名義を重要視していないことが窺われること、桐澤が増田昌弘に対し株券交付は人目のない場所で行なうよう指示していること(証人増田昌弘一一回)等の諸事情に鑑みても優に認められるところである。

なお、弁護人所論の理由とする被告人岡村の株式買付資金の調達可能性については、当時公開株式値上りの蓋然性が極めて高く、割当を受けることによる利益性が一般に認められており、従つて多量の公開株式を取得できればその分だけ短期間に多額の利益を取得できる実情にあつたことを等閑視するものであるのみならず、長期的な投資(たとえば不動産の取得)と一時的な(払込時点から上場後の売却時点まで)の投資との間では、調達、投下可能な金額に差異の存すること及び直接被告人岡村の方から積極的に株数を指定してその割当を求めてきた事実等に鑑みれば、単に買付資金が高額に上る事を以て、弁護人主張のように、被告人岡村自身が株式の割当を求めてきたものではないと考える合理的な理由とは解し難い。次に、保延輝男への名義変更の経緯については、被告人岡村の供述によれば、同被告人が日頃岡村規矩雄とは疎遠な間柄であつたことから、同人を名義人として残しておけば勝手に名前を使用したことが発覚してその怒りを買うことを慮つたためであつて、真実名義人が取得するものではなく、逆に同被告人が他人の名義を冒用していたことの証左とも考えられるうえ、名義変更の連絡の際、同被告人は応対にあたつた桐澤に対し、岡村規矩雄取消の理由を全く告げず、逆にもしも枠があるなら保延の分として一〇〇〇株増やしていただけますかと理由をいうことなく、割当増加を求めている(被告人岡村、四〇回)のであつて、単純な名義変更に止まらず一〇〇〇株の割当増加要求を伴うものであることよりすれば、右の連絡を受けた被告人澤及び桐澤らとしては、右名義変更は、むしろ被告人岡村が一〇〇〇株の割当増加を求める口実に過ぎないと解したものと考えるのが相当であつて、この点も所論を裏付ける適切な理由とはならない。

また、株式代金全額の一括送金につき保延輝男名義で行なつた点は、引受名義人中に、被告人岡村自身が入つていない以上、あえて名義人でない同被告人自身の名前によることなく、名義人の名前を使つて送金することが自然であつて、しかもその送金手続を名義人たる保延ではなく同被告人が一括して行なつたことを被告人澤らにおいて認識していたものであるから、かかる事実をもつても前記所論の根拠とはなり得ないことが明らかである。次に、山崎恒夫への名義変更が、昭和四八年四月九日、日本電気硝子より大和証券へ親引株割当リストが引渡された後になされたものであることは、弁護人主張のとおりであるが、右割当リスト引渡後山崎への名義変更までに、被告人澤、桐澤らの本件二万二〇〇〇株の割当先についての認識が変化する如き特段の事由があるとはみられないのであるから、右割当先指定行為後(そもそも指定先が名義上とは言え現実に変更されているので、所論の如く日本電気硝子における親引株割当行為が割当リスト提出をもつて全て完了したとは言いきれないのであるが、)の桐澤らの所為についても、これを右親引株売先指定行為完了前の割当先についての認識を推察する一要素として考慮することは、所論にもかかわらず論理上誤りであることが明らかとは言えない。

なお、被告人澤は、被告人岡村と同様、その検察官に対する供述調書において、岡村と金兵衛で会つた際、同人より「親引株を二万一〇〇〇株分けてもらえないか、親類縁者七名の名義で三〇〇〇株ずつ分けて欲しい」と頼まれたがこれは審査担当の立場上本名を出せないのでそうするものと思つた(乙29)、「おたくの会社の売出株式を分けてほしい、親類縁者七名の名前で三〇〇〇株ずつ二万一〇〇〇株分けてもらいたい」と言われたが、この七名の人が株を買うのでなく、岡村がこの七名の名前で二万一〇〇〇株買うという話でした、そこで坂本に岡村から二万一〇〇〇株の申込があつたので何とか枠の中に納めてくれ、この七名の名前で割当てるようにしてくれと伝えた(乙31)旨供述して、被告人澤自身公開株式の割当先が被告人岡村であつて、七人の名前は単に名義のみであることを自認しているのである。もつとも被告人澤は、公判廷供述において、前記記載内容のようなことは、その真意から述べたものではなく、勾留質問の際には、岡村の親類縁者七名に割当てたと真実を話して、言つた通り調書を作成してもらつたが、検察官に拘置所への帰りの車の中でひどく怒られ、二、三年帰さないぞと脅された、その後も何度違うといつても聞き入れてもらえず、押しつけて言い切られてそのような調書の記載内容となつた旨供述しているが、同被告人の検察官に対する供述調書中の供述内容は、親類縁者七名の名前で割当ててもらいたいと依頼された旨供述している点など、外形的事実については被告人岡村の公判廷供述と概ね一致するのみならず、かかる依頼文言からすれば、公開株式に対する需要が極めて大きく、公開会社と特定の関係にある者以外、親引株の割当を受けられなかつた当時の実情及び桐澤とは再三接触しているにもかかわらず、あえて日本電気硝子の上場関係事務の責任者である被告人澤を呼び出して二人きりでの会談を求め、その席上で切り出した唯一の用件であること等に照らして、その依頼の趣旨が、真実は被告人岡村が一人で割当を受けるものであるが、公務員として直接日本電気硝子の届出書等の審査に関与した立場上及び一個人で二万一〇〇〇株もの割当を受けることは極めて異例で目立つことから、本名を表面に出すのはまずいため他人名義に分散して割当を受けたい旨の意向であると容易に推察できるのであつて、被告人澤の右供述は理にかなつた自然なものであるうえ、前掲勾留質問調書には、岡村に二万二千株の所得させたことはある旨記載してあり、割当先については、検察官に対する供述調書同様、被告人岡村自身であつたと明白に認めていること、証人坂本正利(一〇、一三回)は、右供述調書の通り、被告人澤から、第一次親引株割当リストで岡村割当となつている分を、同被告人の親類縁者七名にして割当てて欲しい、枠があるかと相談された旨明言しているのに、これに反して被告人澤は、当公判廷において坂本には直接話してない旨供述していること等からみれば、同被告人の前記公判廷供述は到底信用できないものと言わねばならない。

第五被告人加藤の犯罪行為

被告人加藤の弁護人は、同被告人には親引株の割当権限が全くなく、その事務にも一切関与しておらず、被告人岡村への割当についても窓口担当者として連絡、取次を行なつたに過ぎず、被告人渋谷らと共謀した事実もないので、結局被告人加藤には、公開株式一万株の割当という所為がない旨主張する。しかしながら、被告人渋谷、同加藤、同岡村の各公判廷供述及び検察官に対する各供述調書(乙2、6、9、10、12、13、35、41、43)によれば、被告人岡村への殖産住宅株一万株割当の経緯は、被告人岡村の殖産住宅の届出書等についての審査に関し、同社においては、被告人加藤が同社上場プロジェクト・チームの財務担当責任者として、主として折衝、説明等にあたつていたこと、被告人岡村が被告人加藤に対して一万株の割当方を要求したこと、被告人加藤は同渋谷に被告人岡村から一万株欲しいと申入を受けた旨伝え、その際同被告人には審査の関係で世話になつたし、窓口としてのつきあいもあり、できるならば割当ててほしい旨口添えし、被告人渋谷は株数が多いことに困惑したが、被告人加藤と相談のうえ(この点は、弁護人が否認するところであるが、被告人渋谷三四回より明らかに認められる。)、被告人岡村本人の強い希望があるのに、断われば、今後増資等の関係で色々と具合悪いと考え、殖産住宅代表取締役役社長東郷民安に了解を得て割当方を決定し、被告人加藤にその旨述べたこと、同被告人は、要望通り公開株式を一万株割当てる旨被告人岡村に連絡し、その後申込名義について相談を受け、一括申込では目立つてまずいと考え、親戚の名前などを使つて五人位の名義に分散するよう示唆したこと、その後被告人岡村に株式代金の払込方法についても直接連絡したところ、同被告人より二五〇万円不足のため何とかならないかと相談を受け、会社で立替えて欲しい意図と察知し、右不足分を会社で一時立替えることを決意し、被告人渋谷の了解を得たうえ、被告人岡村にもその旨連絡したこと、昭和四七年九月一八日、払込期間の初日に同被告人の要請で三和銀行銀座支店で落合い、同被告人から一〇〇〇万円受領するとともに、二五〇万円立替払の確約をなし、翌一九日、関根宇一郎名義の二〇〇〇株についてその代金二五〇万円を振込んだこと、その後の株券交付、立替分返済の受領についても被告人加藤と被告人岡村二人の間でのみ行なわれたことが認められる。以上認定した事実によれば、被告人加藤は、被告人岡村に公開株式を割当て、取得させるにつき、殖産住宅側における唯一の当事者として同被告人との一切の連絡、折衝にあつたものであるうえ、一万株割当の要求に応ずるか否かについての殖産住宅内部での決定に際しては、被告人渋谷と相談をなし、積極的意向を示しており、被告人岡村と実際に接触している被告人加藤の右判断が、被告人岡村との交渉を直接担当していない被告人渋谷らに対して極めて大きな影響を与えたものと解され、殖産住宅における割当決定についての重要な要素となつたものと認められ、また代金不足の二〇〇〇株分については、被告人加藤自ら主体的に立替払の便法を取るように取り計い、被告人岡村に右二〇〇〇株を取得させる大きな要因をなしており、更に、同被告人からの株式代金支払を殖産住宅関係者として受領することにより、同被告人に確定的に公開株式一万株の引受人たる地位を取得させたものであつて、かかる事情を総合すれば、被告人加藤は、被告人岡村への公開株式割当方の決定に関与し、また割当、取得に至る重要な実行行為を遂行しているものと言い得るのであつて、被告人渋谷と共謀のうえ、被告人岡村に公開株式一万株を割当て取得させたものと認めるに十分である。

弁護人の所論は、被告人加藤が、殖産住宅内において親引株一般の割当についての権限を持たず、その事務にも関与していなかつたことをもつて、特殊例外的な事由である被告人岡村への割当についての前記の如き被告人加藤の関与をあえて無視しようとするもので、到底採用の限りではない。

第六東京証券取引所職員に対する公開株式割当の違法性

被告人高田の弁護人は、本件の如き東証職員に対する公開株式の割当は、第二部市場が開設された昭和三六年以前から、証券業界において、いわゆる「祝儀株」、「挨拶株」と称して、慣習的に行われて来た儀礼的挨拶であつて、公務員の職務行為に対する対価的給付と断ずることはできず、社会通念上違法とは言えない旨主張する。

たしかに、公務員に対する贈答であつても、一定の業界において儀礼的挨拶として慣習的に承認されている限度内のものに止まり、かつ、職務の公正及びこれに対する社会一般の信頼を害しないものであるときは、賄賂性そのものが否定され又はその違法性が阻却される余地がないとは言い切れない。そこで、所論に鑑み、本件の具体的場合についてこれらの点を検討すると、Aいずれも東証上場部上場審査課長代理であつた証人佐藤達次郎(一二回)、同太田睦(一二回)、同小林稔忠(一五回)及び東証上場部上場管理課長であつた証人塚本明(三二回)並びに東証証券部長であつた証人菊池八郎(三二回)の各証言によれば、それぞれ東証職員時代に証券会社関係から公開株式の割当を受けていたことが認められ、B東証副理事長である証人相原正一郎(二八回)、同人事部長の証人重岡義郎(二九回)、同上場部長の証人鈴木梅吉(二九回)の各証言により認められる本件発生後、東証上場部、市場部の係長以上の者に対して行なつた面接調査の結果によつても、東証上場部の職員中一部の者に対して、公開株式の割当がなされていた形跡が窺われ、他方C大和証券株式引受部に属する証人山本雄一(一六回)、同木下誠男(一六回)、山一証券株式引受部職員たる証人山田一夫(一七回)、同松沢助次郎(一七回)、同水野貞雄(一八回)、同長谷川隆(一九、二〇回)、新日本証券引受部職員たる証人元岡達治(二一回)、同横道唯人(二一回)の各証言によれば、各証券会社とも被告人高田以外にも日頃上場申請等の関係で出入りして接触する東証の上場審査関係者に対して公開株式を割当てていたものと認められる。しかしながら、同時に右各証拠によれば、その割当の実態は、東証職員中割当を受けたとして名前があがつているものは、全て上場部関係者で、被告人高田、前記太田、佐藤、菊池、塚本の他には五名を数えるに過ぎず、その回数も被告人高田が昭和四五年三月から同四八年四月にかけて三〇銘柄の割当を受け、総数三万株を超す(乙58)のを除けば、右太田、小林の両名がそれぞれ十数銘柄、上場審査課長であつた芳野光男及び前記菊池が十銘柄に満たない程度である他は、いずれも一回に五〇〇株ないし一〇〇〇株という最低取引単位でそれぞれ一、二回程度に過ぎず、まさにほんの偶発的なケースで若干割当を受けたに過ぎない(証人相原正一郎)、軽微なもの(証人重岡義郎)と認められ、このことは各証券会社株式引受部職員の幹事証券会社となつた公開株式を新規上場の都度毎回割当てていたわけではなく、ときどき、年に三、四回位割立てていた程度で、それも一回の上場について割当てた人数は三、四名程度である旨の供述ともほぼ一致する。しかも、現に割当を受けた当事者たる各証人の(ア)上場記念として、従来からの慣行として東証内の相当人数の人のところへ割当がなされたことは全然聞いていない(証人佐藤達次郎)、(イ)祝儀株はうわさには聞いたことがあるが、具体的にはわからない(証人太田睦)、(ウ)一二、三社から割当を受けたが引受けは道義的なうしろめたさから本名以外の名前で申込んだ(証人小林稔忠)、(エ)友人名義で引受けた(証人塚本明)等の証言に加えて、(オ)東証上場部担当常務理事であつた証人井上辰三の新規上場株を東証の中で引受けていることは知らなかつた(二六回)旨の証言及び(カ)調査の際、引受けた職員の中で、取引所の職員がこういうことをしてはいけないという認識からうしろめたかつたという発言をした人が何人かいた、(キ)所内の者がもらつているということを悪びれずに話すということはなかつたと思う(証人重岡義郎)、(ク)(被告人高田へ割当てることは)道義的なものが若干ひつかかつた(証人山本雄一)、(ケ)割当が余り大つぴらにならない方がいいと判断していた(証人水野貞雄)、(コ)日興証券株式引受部課長であつた証人金井哲夫の被告人高田が引受ける際、本名を使つてはまずいと意識した(二五回)等の各証言を総合すれば、証券会社から東証上場部職員への公開株式割当は、公然とはなし得ない雰囲気の下で当事者双方とも多少なりともうしろめたさを感じながら、その割当、買受の相談及び手続がなされていたものであつて、各証券会社の営業サイドを通じてではなく、日頃接触している株式引受部員と東証上場部職員間での個人的な直接の折衝によつてその手続がなされており、多くの場合引受名義に仮名が使われていたことはその表われであると認められる。

以上の認定事実を総合すれば、東証職員に対する公開株式の割当は、本件公訴事実以外にも在することこそ認められるものの、それらは、いずれも限定された少数の者を相手方とし、新規上場の都度毎回ということではなしに多分に偶発的に、かつ、割当株数もごく僅かであるという状況下において、しかも、道義的なうしろめたさを伴うことから、引受に仮名名義を用いる等、他の職員や証券会社に秘匿して非公然裡になされていたものであつて(被告人高田自身、本件各公開株式の引受にはことごとく仮名を用いている。)、何らやましいところのない儀礼的挨拶として公然と一般的かつ継続的に行われ、業界内部で慣習化していたとは到底言い得ない状況であることが明らかであるのみならず、これらの事情が明るみに出るときは、東証職員の上場審査に関する職務執行の公正に対する社会一般の信頼が損われることは火を見るよりも明らかとしなければならない。所論はその前提を欠き、採用の限りでない。

第七各被告人の犯意

一当事者の主張

各弁護人は、いずれも各被告人には本件贈収賄罪についての犯意がない旨主張するが、その理由の要旨は、

(一) 本件各公開株式の割当は、他の一般引受者に対すると同様に、適正な価格である公開価格を受領してなされたものであり、割当時点において上場始値を予測することは不可能で上場後確実に値上りの認識もなかつたのであるから、利益供与の認識が全くなかつた(贈賄側各被告人関係)、

(二) 好意的取計いを受けた(行なつた)意識がなく、親引株を公開会社の取引先、得意先等に割当てる商慣習の一環として、証券業界の挨拶株の慣例及び会社の割当方針に従つて会社の得意先等に対すると同様の意味で割当てたもので、職務に対する謝礼の趣旨たる認識がない(被告人岡村、同渋谷、同加藤、同西端、同榎本、同澤関係)、

(三) 被告人高田は本来の公務員でなく、贈賄側被告人としては、証券取引法の規定も全く知らなかつたため、同被告人への公開株式割当行為に賄賂性の認識を何ら持たず、その可能性もなかつたのであるから、違法性の認識を欠くことについて相当の理由があり、故意責任を阻却する(被告人渋谷、同西端、同榎本関係)、

(四) 従前から東証職員への公開株式の割当が慣行的社交儀礼として行なわれて来ており、本件において特段の配慮、便益を期待する意図があつたとの疑惑を抱かせる特段の事情も他の通常の場合に比して特に好意的な取計いの事情もなかつたのであるから、割当について職務行為そのものに対する対価的給付としての意識がなく、また割当を受けることが違法である旨の認識もなく、それを欠くことについて相当の理田がある(被告人高田関係)、

(五) 本件各公開株式の取得は、公正な対価たる公開価格を支払つての純粋な商取引であつて、他の一般の場合と全く同様であり、それにより特別の利益を受けたとの意識がなく(収賄側各被告人関係)、違法性の認識もなかつた(被告人岡村関係)

というにある。

二当裁判所の判断

そこで、右各主張につき、順次判断する。

1 まず、右(一)の主張については、既に公開株式割当による利益性のところで論じた如く、割当時点において、上場始値における値上りの確実なことを認識しておけば、そのような公開株式を取得させることにより、現実に株式市場で流通取引される株式を入手する上場時には、公開価格より高額な上場始値相当の株式の株主となることから、その差額相当の利益を取得させる結果となることは事のなりゆきとして当然推察しうるものであつて、要は、公開株式の上場始値が確実に公開価格より上廻ることを認識していたことが認められれば、その株式の割当によつて、上場のあかつきに値上り相当分の財産上の利益を取得させることになると当然認識していたものと認めることができるのである。

そして、既に説示したように贈賄側各被告人には、割当時点においてその割当をなした自社公開株式が上場時確実に値上りする旨の認識が存したものであるから、本件割当にあつて、その意味で利益供与の意図が存したことは明らかと言わねばならない。なお、所論の如く割当時点において、上場始値を正確に予測することが不可能であつたとしても、それは供与する利益の額自体が不確定というに止まるのであつて、少なくとも何がしか値上りすることについての認識があれば、その正確な額はともかく、ある程度の利益を供与することとなることは認識していたと認められるのであるから、上場始値を正確に予測できないことを以つて、利益供与自体の認識までなかつたとすることはできない。

次に、公正かつ適正な公開価格を受領しての一般取引であると考えていた旨の主張は、先ず株式取引市場における通常の株式売買の如く、公開価格相当の代価を支払えば何人たりとも公開株式を取得できるものではなく、会社と何らかの特別な関係にある者に対してのみ親引株の割当がなされ、従つて何らかかる関係にない一般人は割当を受けられなかつた実情を各被告人が知悉していたことに鑑みるとそもそも妥当性を次くものであるうえ、他の者に対する親引株の割合も、その利益性を背景として今後の取引の円滑化、業績の発展を図ろうとするなどの、本来一般の株式取引においては存在しうべくもない会社の一定の目的のために、選別された相手に対してのみ割当がなされているのであつて、むしろかかる者に対してもある意味で利益供与の意図が存するものと認められるのであるから、一般の割当事例と同様であるとして、他の例をひいて本件における利益供与の認識を否定することはできない。更に、公開価格がその決定ないし、割当、払込時点における唯一存在するところの適正な時価であつたとしても、本件割当は、割当、買受時点における株式取引に主眼をおくのではなく、値上りが確実視される上場時点を目途として、上場始値形成時点において値上り相当分の利益を供与するための手段としてそれより安価な公開価格で株式を割当てているのであつて、公開価格支払による公開株式取得は、上場時における利益獲得のための前提手段に過ぎないものと意識していたことが窺えるから、この点の所論によつても利益供与の意思の存在を否定するものとはなり得ない。

なお、前記(五)の主張についても、被告人岡村、同高田は、各公判廷供述及び検察官に対する各供述調書並びに客観的に明らかなその公開株式取得状況によれば、公開株式の上場始値における値上りの確実性及び公開株式の割当先の範囲が限定されていたことについて、自らの公開株式引受の経験及びその職務柄よく知悉していたことが認められる(被告人岡村に至つては、従前から割当る旨勧誘されていたのに、株価変動による危険性の故に断わり、その後昭和四六年九月ころから、公開株式の値上りの実績に照らし、引受ければ確実に儲かると考え、割当を受けていたことが窺われる(乙47)。)のであるから、まさに一般投資家が希望しても受けられないという意味で「特別一に公開株式の割当を受けて、上場始値が値上りすることにより、その利益獲得のための手段として支払い負担した公開価格との差額相当の「利益」を取得していたものであり、かつ、このことを認識していたものと認められる。その他、(一)について論じたところを併せ考えれば、適正な対価を支払つての純粋な商取引である旨の弁解が、当時の公開株式の値上り及びその割当の実情を知つていた両被告人にとつて、利益収受の意識なきことの理由とならないことは明らかである。

2 次ぎに、前記(二)の主張につき検討するに、既に判示した如く(前記第三参照)、賄賂性の認識としては、収賄側公務員の個々の職務行為すなわち特定の「好意的取計い」ではなくて、その職務行為一般に対する反対給付であることの認識が当事者に存すれば足りるものと解すべく、これを本件に即して具体的に言えば、かかる認識の存否は、会社とある特定の関係を持つ者に限つて割当てられる親引株の性格上、その割当のなされた所以が、収賄者がその会社の上場に関する届出書等の審査あるいは上場承認手続の審査を行なつたことにあるか否かによつて決せられることとなる。そこで贈賄側各被告人の検察官に対する各供述調書をみるに、いずれも審査してくれたことに対する謝礼の趣旨で割当てた旨明瞭に認めているものの、公判廷供述においては、A被告人渋谷は、岡村への割当は何か特別してもらつたからという特殊な意味のお礼でなく、一般的なお礼という感じで、本人が強い希望を持つているのに断わると色々具合が悪い、今後上場して増資とかの場合どうしても担当の所を通るという心配があり、あまりむげに断わつてもまずいと思つた(三四回)、岡村さんの要求を断わるのは非常に勇気がいる、せつかくスムーズにいつているのが断われば、具合が悪くなるのでは、非常に難しいことが起きるのではと心配した(四二回)旨、高田への割当については、東証関係は会社が上場していく上でいろいろお世話にならなければならない(三四回)、特にこの点についてはということはないが、いろいろとお世話になつているとは思います、一般的な仕事上でお世話になつたことに対するお礼の気持も少しは含まれているし、それが差し上げる本来の趣旨に当然ある、お礼という気持がないと、言えば嘘になる(三五回)旨供述し、B被告人加藤は、岡村への割当がお礼の気持からではないと述べるものの、他方岡村との関係は届出書審査以外では一切ない旨明言したうえ、窓口としてのつきあいもあり、断わると先々心配だから何とか割当てて欲しいと渋谷に言つた(四一回)旨供述し、C被告人西端は、高田が東証の次長として上場審査に関係する人物であることは、従前より知つており、同人が殖産住宅へ実地調査のため来社し現に同社の上場審査に関与していることも聞知していたところ、榎本から高田への五〇〇〇株の割当方を頼まれたので、同人と会い、おかげで上場の運びとなつたので引受けていただきたい旨申入れた、割当と高田が殖産住宅で自宅を建築したことは無関係である、東証全体に上場関係で実施調査等いろいろお世話になつていることはわかつていた(三四、三五回)、榎本から渋谷の依頼だが、高田に五〇〇〇株引受けてもらつてくれと頼まれた際、高田さんによろしくとの話はあつたが、割当の理由は聞かず、どういう理由で引受けてもらうのか考えなかつたし、お礼ということは考えていなかつた(三九回)旨供述し、D被告人榎本は、高田だけでなく東証の方には上場審査に関していろいろ指導してもらうなどお世話になつた、特別にお世話になつたというふうなことではないが、これからも長いつきあいになると思つていた(三四回)、お世話というか上場審査で直接関係があつた東証の人へ割当てようと思つていた、その中で高田は、キャップ格で実際にやつている一番の上司なので同人は割当先からはずせないと思つた、上場審査で全然関係がなければ、いくら野村証券の人から言われても割当はやらない(三五回)、会社と全然無関係の方へ株を回すことは考えてなかつたし、たとえ証券会社から話があつても会社と全く無関係なら割当てしない、高田には特別にお世話になつたのではないが、確かに上場の件でお世話になつたことは感じていた(三九回)旨供述し、E被告人澤は、被告人岡村関係への公開株式割当が謝礼の意味ではないとその趣旨を否定するものの、親引株の割当先としては、会社の知つている人に株主となつてもらうことが望ましく、大蔵省の役人でも全然見ず知らずの方からの要求なら割当てない(四三回)旨供述している。以上によれば、各被告人とも公判廷供述では端的に上場に関する審査等を行なつてくれたことへの謝礼の趣旨で割当てたとは認めていないものの、前述したところから明らかなとおり対価性の認識としては職務行為に対する謝礼の趣旨であることまで明確に意識している必要はなく、公開株式の割当が相手方の職務行為を理由としてなされることを認識しておれば足りるのであるところ、被告人渋谷、同榎本は、その各公判廷供述自体から本件割当が上場審査の関係でお世話になつたことに基づいてなされたものであること即ち審査にあたつてもらつたことに対しての割当であることを認識していたものと認めるに十分である。なお被告人榎本の弁護人は、その公判廷供述が検察官の追及的尋問に引きずられた迎合的な供述である旨、主張するが、同被告人の前記供述中、第三九回公判におけるものが、同被告人の弁護人からの質問に対する供述であることからみても、その理由のないことが明らかである。また、特に何かしてもらつたことに対する特別なお礼でない旨の供述は、受託収賄罪もしくは加重収賄罪ならばともかく、単純収賄罪に対応する贈賄罪の犯意を認めるに際しては、一般的なお礼の意味はある旨の供述が存する以上、何ら顧慮する必要のないものである。次に、被告人加藤、同澤は、いずれも個人に対する割当が会社と何らかの関係ある人物にのみ限られる一方、被告人岡村についてはその要求に応じて公開会社から親引株を割当てたものであるが、会社との関係としては従前からの関わりは一切なく上場に関する届出書等の審査でのつながりしかないことを認めているのであるから、そうだとすれば、当時、他にその要求に応じて割当てるべき合理的理由のない限り、同被告人に対する割当は、その届出書等の審査という職務行為に対して行なわれるものであることをも、その社内的地位、割当に直接関与していることからすれば、当然意識していたものと解されるところ、その供述は、ただ謝礼の意向はなかつた旨弁解するのみであつて、かかる合理的理由をあげることを得ず(理由として主張するところは、後述のとおり到底右意識のないことの理由とはなり得ない。)、却つて被告人岡村と被告人加藤、同澤自身との関わり合いについても届出書審査に関連してのものしかなかつたことを供述しており、その公判廷供述によつても被告人岡村に対する割当の理由としては、同被告人が届出書等の審査を通じて会社と関わり合いをもつたことしか考えられず、また被告人加藤、同澤も被告人岡村に対しては、同被告人が届出書審査等の職務に従事したことによつて生じた会社との関係に基づいて割当てるものであることを意識していたことが窺われ、従つて同被告人への割当が、その職務に対して行なわれるものであることを認識していたものと認められる。また被告人西端は、被告人高田への割当が、自宅建築によるものではないことを知悉していたのみならず、同被告人が東証次長として上場審査についての要職にあり、殖産住宅の上場審査に関しても、実地調査にあたるなどその職務に従事し、殖産住宅がお世話になつていたことを知つており、その被告人高田へ五〇〇〇株という個人としては極めて大きな株数を割当てる旨の連絡を、わざわざ株式上場プロジェクトチームの中心にあつた被告人榎本から同チームを統括していた被告人渋谷常務からの依頼として、頼まれたのであるから、その取締役兼役員室長という地位に照らしても割当の理由を考えなかつた旨の弁解は到底信用できず、親引株の割当が会社と何ら関係ない者に対してはなされていなかつたことをも併せ考えて、少なくとも被告人高田への割当が、上場承認審査に従事したことに基因するものであることは、当然に認識していたはずのものと解される。

なお、被告人渋谷、同榎本の弁護人は、被告人高田への割当は、野村証券の河野からの助言に基づいて、東証関係者へ五〇〇〇株の割当をしたもので同被告人への謝礼の趣旨はなかつた旨主張するが、先ず、河野より助言を受けた旨の弁解は、被告人渋谷、同榎本の供述調書中には一言もみられず、両被告人の弁護人ら申請にかかる右河野正の証人尋問(二八回)に際しても、何ら右の点に関する質問、供述はなされず、第三四回公判に至つて突如被告人渋谷の面前で、被告人榎本が始めて主張し、これに被告人渋谷も追随したものであつて、しかも供述調書に記載なきことについては、検察官取調中は忘れていて弁解しなかつたと称するのであり、かかる弁解がなされるに至つた経緯とりわけ助言を受けて一年以内に二名の者が別個独立に約二〇日間に亘つて検察官の取調を受け、その際それぞれ謝礼の趣旨でないと何度も検察官に弁解したと主張するにもかかわらず、その割当が証券会社担当者の示唆、助言に基づくという最も基本的と考えられる抗弁については両名共全く忘却しており、四年以上たつた時点において突然両名とも思い出したとすること、両被告人のみが主張していること及び日常社内へ出入りしていた青木ではなく河野へ相談、助言を受けたとすること等の諸事情を総合すれば、右弁解は到底信用できないものと言わざるを得ないし、仮りにかかる助言の事実があつたとしても、たとえ証券会社からの示唆があつても会社と無関係なら割当てないと被告人榎本が明言しているように、被告人高田に対する割当は、会社との上場承認審査に関する関係に基づいて、被告人渋谷、同榎本らが相談のうえ殖産住宅としての割当を決定したものであつて、野村証券の指示命令のままに割当てしたものでないことが明らかであるから、対価性の認識を否定することはできない。東証関係五名程度への割当を考えていた旨の弁解については、被告人榎本から直接依頼を受けた被告人西端が一貫して被告人高田へ五〇〇〇株割当方の依頼を受けた旨供述し、現にその後、同被告人への串入れ内容を含めて、そのように行動していること、五名とした理由が極めてあいまいであること(被告人榎本三九回)、その後意を受けた被告人西端が、被告人高田個人へ五〇〇〇株割当て、その旨報告しても被告人渋谷、同榎本とも何ら異とするところなく、新たに他の東証職員への割当等の行動に出ていないこと等右各被告人の公判廷供述に表われている被告人高田への割当の経緯、状況に照らせば、真実東証関係五名への割当を意図していたとは認められないのみならず、発案者たる被告人榎本の公判廷供述によれば、いずれにしても被告人高田を東証における殖産住宅の上場承認審査の実質的中心人物と考え、同被告人へは必ず割当てようと意図し、結果的に同被告人一人への割当となつても、そのまま承認していることが認められ、更に被告人渋谷、同榎本は、東証関係で五名というのも、いずれも殖産住宅の上場承認手続に関与した職員に対し、その職務に関して割当てようと意図していたことが明らかであるから、たとえ当初の意向に反して被告人高田一人へ割当てる結果となつたとしても、その錯誤は、対価性の認識を阻却するものではないことが明らかである。

更に、被告人渋谷、同加藤、同西端、同榎本の弁護人は、公開会社が公開株式を会社の取引先、得意先等への割当てることは商慣習として一般に認められており、被告人らは、業界の挨拶株の慣例及び会社の割当方針に従つて被告人岡村、同高田へ割当てたもので賄賂罪の犯意を欠く旨主張するが、前記第六で論じたことからも明らかなとおり、新規上場の場合に東証職員へ公開会社から親引株を割当てるが如き慣習が存在していたことは、本件全証拠によつても認められず、まして被告人岡村の如き大蔵省の審査担当官への割当については、その事実自体表面化しておらず(現に被告人加藤は、野村証券の青木民男から大蔵省関係者への割当など考えないでいいと言われた(四一回)旨供述している。)、各被告人の公判廷供述、検察官に対する供述調書によつても所論の如き慣習の存在を具体的に知つていた旨の供述すらみられないのであるから、その慣習に従つて割当てる旨の意識などあり得べくもない。また会社の親引株割当方針に従つた旨の弁解については、会社に協力的、好意的な人物に株主となつてもらい、営業の発展向上に協力、寄与してもらう方針で会社と何らかの関係ある人物に広く割当てた旨主張するのであるが、会社の取引先、得意先等経済取引を通じての割当先と会社とは新規上場に関して届出書や上場承認の審査を担当した関係しかない大蔵省、東証の職員とを同列に論ずることができず、後者に対する割当が前者に対すると同様に、純粋に将来の会社の営業面への顧慮から協力寄与してもらうためになされたものと解し得ないことは明らかである(むしろ被告人岡村、同高田の職務内容に鑑みれば、割当によつて会社に対して好意的、協力的な人物となつてもらう趣旨とは、将来の増資あるいは一部市場昇格等に関する審査について、まさに会社に好意的な取計いをしてもらう意図を意味したものとすら窺われる。)うえ、その割当決定に至る経緯、時期、実際の割当手続等も各部関係として社内各部からそれぞれの営業的観点に則つて作成提出された親引先リストに基づく通常の割当と異なり、全く別枠の割当であること、個人としては割当株数が極めて大きいこと、その他割当先の社会的地位、職務、会社との関係等からすれば、その割当の意図は他の一般の親引株割当と全く異なり前述した如く上場に関する審査職務に関して行なわれたもので、会社の一般的親引株割当方針に基づいて割当てられたものでないことを各被告人とも十分に承知していたものと認められるから、所論も犯意を否定する理由となり得ないことが明らかである。

次に被告人澤の弁護人は、大蔵省の役人の親類縁者の方なら、安定株主となつていただける当社の株主にふさわしい方と考え割当てた旨主張するが、その弁解は実際の引受先が被告人岡村であることを意識していたものであることからすれば前提を欠く(なお、被告人岡村が一人で二万二〇〇〇株も引受けた場合、それを被告人澤が主張するところの安定株主としてずつと保有していくものとは、到底考えられない。)のみならず、たとえ大蔵省の役人(自身への割当)であつても全然知らない人からの要求なら割当てないと現に認めているにもかかわらず、右名義人七名については、そもそも会社とは届出書等の審査を通じての一〇か月に満たない関わりしかない被告人岡村の親類縁者という一事を以つて、名義人各自については会社と何の関わりもなく、会社にとつて全く見ず知らずの人物であるにもかかわらず、そる以上各人の社会的地位、人柄、資力等につき一切確かめようともせずに割当を決定したとすること、後に保延輝男への変更がなされた際も、何ら気にしていないこと等からして、到底右名義人七名が将来会社の安定した株主となるとは予測できないことよりすれば、単なる弁解のための弁解に過ぎず、割当を合理化する理由とは認められない。

以上によれば、各被告人の公判廷供述における弁解は理由がなく採用するに由ないものであつて、検察官に対する各供述調書記載のとおり、各自職務執行に対して割当てるものであることを認識していたものと認めることができる。

他方、被告人岡村の弁護人も、同被告人は殖産住宅、日本電気硝子の届出書等の審査につき、特別に好意ある取計いをした事実もその意識もないため、割当が審査の謝礼であるとは認識していなかつた旨主張し、確かに同被告人も当公判廷において、特別の好意ある取計いをしたとの意識は全然なく、故にそれに対する謝礼としての意識もなかつた(四四回)旨供述して、審査の謝礼として割当を受けたことを否定するものの、他方、公務員として審査を担当する立場にありながら、その会社の株の割当を受けることには内心忸怩たるものがあつたので、自分の名前でなく飯島勇外六名の名義を使つた(三六回)、私自身公務員であり、自分が担当した会社の株の割当を受けることは、公務員として許されないこと、公務員にあるまじき行為とは思つていた(四四回)、国家公務員の信用を落とす、許されない行為であると考えていた(四五回)旨供述して、少なくとも国家公務員法の規定には触れると思つていた旨認めているのであつて、かかる認識は、職務に関係しない純粋な株式の売買であれば、何ら問題となるはずはなく、公務員の信用を落とすおそれも考えられないのであるから、自らが届出書等の審査を担当した会社の公開株式を、その審査したという職務に関して割当を受けるものであることを十分意識していたからこそ、そう考えていたものと認められ、同被告人の否定供述は、まさに特に好意的取計いをしたことに対する謝礼である旨の認識はないとの趣旨に過ぎず、対価性の認識を否定しうるものではなく、また贈収賄罪にあたるとは考えなかつた旨の供述も、審査したことに関しての割当であつて、それを受けることが、社会一般に対して国家公務員の信用を落とす、公務員として許されない行為であることを認識していた以上、社会一般の公務員の職務の公正への信頼こそがまさに贈収賄罪によつて法が保護しようとするものであるところからすれば、犯意を否定するものとはならない。更に同被告人は、親引株の割当が従前から会社との関係なき一般人では受けられないものであることを知りながら、届出書審査というその職務上知り合い、右職務を通じての関わりしか有しない被告人加藤ないし同澤を、右審査にかこつけてわざわざ割当依頼のためだけの目的で呼出して、自ら株数まで指定して多量の割当を要求し、よつて割当を受けているうえ、その引受申込にあたつても本名を出さず、他人名義を使つて株数を分散していること等の外形的事実に鑑みても、自ら審査職務上での地位、関係を利用して、審査を受ける立場の会社役員に割当を要求し、相手方としても被告人岡村の審査職務故に割当をなしたものであることは十分認識していたものと認められ、検察官に対する供述調書中の供述内容は、審査に対する謝礼との意図に関しては十分信用に値するものと言わねばならない。

以上、とりわけ審査職務によつて割当を受けることが、何らかの法律に触れる公務員として許されないものと意識していた旨自認していることによれば被告人岡村に、違法性の認識(少なくともその可能性)が存することも明らかに認められるところである。

3 次ぎに、前記(三)の主張について検討するに、証券取引法二〇三条は、公務員についてではなく証券取引所の役職員に対しての贈賄罪を規定しているものであつて(同条一項、三項参照。)、東証職員に対して賄賂を供与する事実の認識があればその故意内容としては十分であり、同条の規定自体を知らないことは、法の不知に過ぎず故意を阻却しないことが明らかである。従つて、被告人らが、被告人高田が東証職員たる上場部次長として殖産住宅の上場承認審査に従事していたことを認識しながら、その職務行為に関して公開株式を割当てしたことが明らかに認められる本件において、同被告人が公務員でないと知つていたことの故を以つて、証券取引法二〇三条所定の贈賄罪の犯意を否定しうるものではない。なお、違法性の認識に関する所論は、被告人らが東証職員たる被告人高田にその職務に関して利益を供与する事実自体はすべて認識しているのであつて、ただそれが証券取引法二〇三条所定のとおり法律上許されない違法なものであることについての認識がなかつた旨主張するものに過ぎず、かかる法律の不知は犯意を阻却しないことよりすれば、主張自体理由がないのみならず、被告人らは各検察官に対する供述調書においては、いずれも被告人高田への割当が、法律上許されないことを意識していたことが窺われるのである。仮りに弁護人の所論のとおり、違法性の意識を欠くことに相当な理由がある場合には、故意(責任)を阻却するものと解しても、被告人らは、いずれも現に東証の審査を受けている会社の役員ないし事務担当者として、証券会社担当者の助言、指導の下に直接東証職員と折衝し、あるいは役員会等において審査の実情について報告を受けていた者であつて、上場審査手続における東証職員と証券会社社員との対応関係、その審査手続の進め方等から東証が国家機関でないとは言え、証券業界において証券会社とは全く異なつた立場で株式取引の公正をはかり、ひいては一般投資家の利益を保護するため設立、運営される独立の機関であること(被告人西端の東証に対する理解についての第三九回公判における供述は、同被告人が従来株式の取引をしていたこと、被告人高田の自宅建築の際、折衝にあたりその過程で同被告人の勤務する東証についても知識を得たものと解されることからすれば、到底信用できない。)東証における上場承認審査の手続が厳格な基準に基づいて行なわれるもので、大蔵省における届出書等の審査と非常な類似性を有していること、右審査制度の趣旨が上場にあたつて新規上場会社の企業内容を調査し、上場相当の内容をもつ会社であることを確認するとともに、その企業内容の開示により、一般投資家の利益を保護しようとする極めて公益性の強いものであることを承知しており、従つて東証職員の職務執行の公正が強く要請され、現に審査を受ける側である新規上場会社から、審査にあたる東証職員へ利益を供与することは、審査制度の保護対象たる一般投資家の右公正への信頼ないし端的に厳正な審査によつて実現さるべき一般投資家の利益そのものを害するおそれを生ずる右審査制度の目的、趣旨に反した不正なものであることをも十分に認識できるはずのものであるから、被告人高田が東証職員に過ぎず、公務員でない旨知悉していたことのみによつては、違法性の意識を欠く相当な理由とは到底なり得ない。

4 最後に前記(四)の主張は、これを整理すると、(1)公開株式の割当は、証券業界において慣行的社交儀礼として行なわれているものであるため、本件割当についても特段の配慮、便益を期待する意図等がない以上、職務行為に対する反対給付である旨の明確な認識がない(2)たとえ対価性の認識があつたとしても、慣行的社交儀礼としての限度内に止まり、違法性の認識がなく、またそれのないことについて相当の理由があると言うのである。そこで、(1)について先ず検討するに、所論は公開株式の割当が証券業界における慣行的社交儀礼であつたことを前提として、かかる慣習が存する状況下では割当を専ら慣行的社交儀礼によるものと関係者が意識するため、職務行為に対する反対給付である旨の意識を欠く可能性が強く、従つて特段の配慮、便益を期待する意図の存在等により、特に関係者に右対価性についての明確な認識が存在することを要するとするものであるが、前記第六で説示したとおり、東証職員に対する公開株式の割当が、中元、歳暮の如く広く一般化し、社会意識の下で慣習的に承認された慣行的社交儀礼として行なわれていたものでないことは明らかで被告人高田も当然そのことは東証上場部次長の要職にあるものとして承知していたものと解され、そうだとすれば、割当を慣行的社交儀礼によるものとのみ関係者が理解する如き特殊な状況下にあることを前提とする所論は、既にこの点で排斥を免れないものである。仮りに同被告人が、少なくとも証券業界における当事者の間では、かかる慣行的社交儀礼が行なわれているものと意識していたとしても、その慣習に基づくとする割当は、前掲各証拠によれば、全て上場承認審査に関与する関係で日頃その担当部である東証上場部へ出入りし、同被告人らと右審査に関連して日常接触していた証券会社株式引受部職員から、上場審査に関与する立場にある東証役職員に限つてなされていたものであつて、その慣習自体上場審査に関係してのもの、逆に言えば上場審査関係の東証役職員への上場審査に関与したことに対する(なお、対価関係は個々の職務に対して存在する必要はなく、その職務に関するものであれば、職務行為が特定したものであることを要しない。)割当が慣習化したものと認められるのであるから、一方にかかる慣行的社交儀礼に基づく割当である旨の認識がある場合、常に他方にはそのこと自体から当然に上場審査に関連する職務行為に対しての割当である旨の認識が存在することとなるのであつて、所論はかかる関係を無視して、慣行的社交儀礼が贈物を受ける側の職務行為と無関係に存立する場合を前提とする議論であり、本件に適合しない。更に、たとえ一方に割当が慣行的社交儀礼である旨の意識があつても、割当の趣旨が専らそこにあるわけではなく、それとともに、それが職務行為に対する割当であることをも現に意識していれば、それを以つて、特段の配慮、便益の意図等が無くとも、対価性の認識を認めるに十分であるところ、被告人高田は、その経歴、職務等からして本件当時公開株式の割当を、公開会社ないし取扱証券会社と何らかのつながりなき限り受けられない実情にあつたことは十分承知していたものであり、本件各割当が職務行為としての上場承認審査を通じての関係しかない公開会社(殖産住宅における自宅建築が同社からの割当の理由でないことは、同被告人も十分認識していた(同被告人四六回)。)ないし上場審査関係での助言、指導等の接触しかない証券会社株式引受部職員からのものであることからすれば、その割当がいずれも職務行為として上場審査に従事したことに対してなされるものであることは当然認識していたものと認められるのである。

なお、殖産住宅関係者(前述)を除く、その余の割当側当事者に、職務行為の対価としての認識が存したことは、割当の趣旨についてのミサワホーム取締役管理部長として上場事務にあたつた証人泉安治の厳しい上場審査を受け、審査に際しお世話になつた方へ感謝の気持を表す趣旨(一四回)、同じく取締役財務部長であつた証人高野哲夫の上場審査にご苦労願つた、お世話になつた意味(一四回)、大和証券関係では証人山本雄一の上場審査などで普段から常々お世話になつているため(一六回)、同木下誠男の高田にはいろいろと私共も日頃出入して、上場関係についていろいろ一般的な御指導も受けているし、そういつた意味でもつていつた、コクヨの時も、その上場申請手続でいろんな面で世話になつたことに対する感謝の気持がある(一六回)、山一証券関係では、証人水野貞雄の、私共と日頃新規上場会社の審査の関係で接触する度合が濃い点で割当てた、一般的に山一が主幹事となつてお世話する企業の上場の際にはよろしくという趣旨、うちの引受部の業務について強いて言えばよろしくといつた意味、将来上場の問題が起きた場合はなるべく好意的に取扱つてもらいたい趣旨が全然ない訳ではない、細かい所で問題あつてどちらでもいいような時は、よろしく会社のためにやつてくれという気持はあつた(一八回)、同長谷川隆の一般的な私の好意を具体的に表現したもので、ナショナルに関して一般的な好意は期待していたかも知れません(一九、二〇回)、新日本証券関係では証人元岡建治の高田との付き合いは仕事を通じてのみで、東証に出入りして難しい問題等については適切な助言、指導を受けていた(二一回)、同横道唯人の取引所関係者との人間関係をよくするため、持つていくことに潤滑油的なことを期待していた(二一回)、日興証券関係では証人石原正平の上場関係でいろいろお世話になつていた、指導いただいていることに対するお礼の気持で差し上げた(二五回)、同金井哲夫の上場申請に関していろいろ御指導いただいていることに対するお礼の気持もあつた(二五回)等の各証言に照らして明らかである。

次に(2)の主張について検討するに、前掲各証拠によれば、被告人高田は、東証において長年上場審査の職務に従事し、その手続、内容に関して豊富な経験を有するとともに、公認会計士の資格も取得しており、上場審査に関してはその基準等について詳細な知識をもち、会計学的な力量にもすぐれ、的確な判断力を持つ人物として、上場審査手続に日常関与する専門家たる各証券会社株式引受部の職員からも、その実力を高く評価され、常々敬意を表されていたほどであつて、上場部次長という要職にあつたこととも相まつて、東証における上場審査事務の実質的な中心人物としてその職務に従事していたことが認められ、従つてその職務の基本法たる証券取引法については当然に十分精通していたものと解されるのであつて、現に東証の新採用職員に対して同法の講義をしていたその講義用ノート(押109)に「罰則」をも講義科目として記載していたことに照らすと、同被告人の公判廷における否認供述にもかかわらず二〇三条を含めた同法の罰則についても十分な知識を有していたものと認められるのみならず、上場審査の目的、性格が公益ないし一般投資家保護のため新規上場を申請した会社の企業内容を精査し、投資家保護上問題のないものについてのみ上場させ、かつその企業内容を株式取引にあたる一般投資家の利益のため開示することにあることについても、もとより十分に認識、理解していたものと解される。ところで、本件割当が社交儀礼の限度に止まり、社会通念上違法性を欠くものとして、法律上許されるものと信じていたと解するためには、被告人高田において自己の株式引受行為が一般社会の意識においても単なる儀礼的な挨拶であるとして承認されるものであると考えていたことが必要である。蓋し、同被告人自身に対しても贈収賄罪の規定が存することを承知していた以上、たとえ公開株式の割当が慣習であつたとしても一般の社会意識の下でそれが許容、承認されない場合、それが法律に触れるおそれは十分あるものと当然考えるはずのものだからである。しかるところ、同被告人は前述の如き自らの職務たる上場審査制度の性質上、何よりもそれに従事する職務の公正及びそれに対する一般投資家を始めとする社会一般の信頼が必要不可欠なものとして重要視されるものであつて、仮りにも審査を受ける側たる公開会社ないし取扱証券会社から、利益性を有し一般投資家にとつては入手困難な公開株式が、その職務に対して審査担当者に割当てられたことが明らかになつたとすれば、たとえそこに特段の配慮、便益を期待する意図が認められなかつたとしても、社会一般の東証職員ないしその職務の公正への信頼が損なわれるおそれが十分にあり、従つて入手不可能であつた一般投資家が公平を欠くとしてその割当、買受方を承認しないことはもとより、一般の社会意識の下でもそれが承認されないおそれが十分あることは認識できていたはずである。同被告人が自ら供述するように、割当方の申入れに対して、直ちに引受けすることを渋り、その申込に際しても、常に本名が表に出ないように、他人名義で引受けていたことも、同被告人が右のことを意識していたためと解される。弁護人は、かかる趣旨ではない旨主張するが、仮りに所論の如く、社交的儀礼としての割当の慣行が一般化したものと考えたものと考えていたのであれば、いつもことさらに、使用する名義人の承諾を受ける手数までふんで、他人名義で申込をする必要など何らないはず(通常の株式取引は、東証内で禁止、制限されていない。)のものであつて、このことは、上場後の通常の株式取引については本名で行なつている(同被告人四六回)ことと対比すれば、よしんば同被告人が慣行の存在を意識していたとしても、それが直ちに表面化してはまずい性質の、極く限られた当事者間でのものであつて、到底広く社会一般に承認されているものではないことを知悉していたからと認められるのである。また、利益額が、本件中最小のものでも一回一三万円、最大のものは六六五万円に至ることよりすれば、そのこと自体からみても到底社交儀礼的挨拶の限度内に止まるものと言えないことは明らかである。以上によれば、被告人高田は、罰則も理解していたのみならず、公開株式の割当を受けることについての違法性についても暗に認識していたものと解されるのであるから(なお、犯罪事実についての認識があれば、それが具体的に従前から知識としてあつた証券取引法二〇三条に触れる旨の明確な認識は不要である。)、所論は理由なきものと言わねばならない。

以上論述したとおり所論はいずれも理由がなく採用できない。

(法令の適用)〈省略〉

(量刑の事情)〈省略〉

(半谷恭一 松澤智 井上弘通)

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